斜陽街でないどこか。
羅刹は仕事をしていた。
羅刹の仕事は殺すこと。
ある男を羅刹は殺した。
羅刹は返り血で赤くなったまま、
依頼人である女の元へと向かった。
向かう間、誰も羅刹のことを気に留めないのか、
それとも見えないのか、
羅刹は誰にも呼び止められることなく、黒いボウガンを持った手を、赤く染めたまま、ある家に向かって行った。
ピンポーン
律義に呼び鈴を鳴らすと、
玄関に女が現れた。
「殺してきました」
羅刹は短く告げる。
「あの男を…殺したのね?」
「はい、依頼の通り、二目と見れないほど、醜く。最後まで苦しませて」
女は玄関にへたり込んだ。
「あの子を…あの子を殺した男が死んだ…殺された…苦しんで苦しんで…殺された…」
空虚に笑う女の目には、涙が光っている。
「あの男は本当に最後まで苦しんだ?」
「狂わない程度に最後まで苦しませました。多分、あなたの子ども以上に」
「あの子…以上に…」
女から流れる涙が多くなる。
虚ろに女は泣いていた。
やがて女が虚ろに言う。
「羅刹…さん?」
「はい?」
「報酬は…」
羅刹は首を横に振った。
「あなたには、もう、生きる気力がありません。だから、報酬が取れません」
「え…」
「あなたは、あの男に子どもを殺された憎しみだけで生きてきた」
「…」
「だから、あの男を殺した時点で、あなたに生きる気力はなくなりました」
「私は…」
「ただ働きになってしまいますが、無い物は取れませんからね…それでは」
羅刹は玄関から出ていった。
あの女が死ぬとか生きるとかは、どうでもよかった。
羅刹はありのままに伝えた。
羅刹が感じたままに。
あの女の強い殺意を形にして…
そうしたら女は空っぽになってしまった。
「いつもいつもこうだったら大変だけど…まぁ、たまにはこんなこともあるか…」
羅刹は一人つぶやいた。
羅刹は斜陽街への扉を開き、
いつもの洗い屋へ行くことにした。
それは羅刹のいつものコースだ。
依頼人がどうなったか、羅刹はもう気にしなかった。
それは羅刹なりの接し方であり、
あるいは優しさなのかもしれない。
斜陽街への扉が閉まり、
斜陽街でないどこかから、羅刹が消えた。