これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
鷹の彫られた扉の向こうの世界の物語。
ある大きな宝石店に強盗が入った。
店主が警察に通報をする前に、
強盗の二人組は店をあとにして逃走していた。
たった二人だ。
逃走するうち、ある路地裏で、
二人は顔を隠していたサングラスとマスクを取り払った。
「ふぅ、息苦しかった」
そう言ったのは女だ。
気の強そうな、きりりとした目をしている。
「ヤジマさん、こんなところで顔見せて大丈夫ですか?」
「どうせ顔はわかってないって。今更だよ、キタザワ」
キタザワを呼ばれた男の目はたれていて、
ちょっと頼りなさそうだ。
「とりあえず、ジャケット脱ぎ捨てればある程度時間は稼げるかな」
路地裏に目立つジャケットを脱ぎ捨てる。
そして、宝石がたんまり入った鞄を持って路地裏を飛び出した。
路地裏を飛び出せば、そこは繁華街。
さっき強盗したばかりで、
警官がうろうろしている。
そのうちの一人の警官とすれ違った。
ちょっとぶつかった。
「あ、すみません」
気の弱いキタザワが謝る。
ビー!ビー!
警官から、けたたましい警告音。
何かに反応したらしい。
ぽかんとしたキタザワの首根っこを捕まえ、
ヤジマが走り出す。
ヤジマの直感がヤバイと告げていた。
「こいつらだ!」
「追え!」
大声で呼び集められ、警官がわらわら集まってくる。
「な、なんで!どうして!」
「声質で反応するやつ導入したらしいな…くそっ!お前の所為だからな!」
「す、すみませんヤジマさん…」
「いいから走れ!」
この国の言葉の、よその国から見れば異国の、
あまりにもたくさんの看板看板、
密集した店。
夜の繁華街の、たくさんの人口の光。
そこをヤジマとキタザワは駆けていく。
警官の追っ手を振り切るように。
それでもやがて、警官との距離は縮まっていく。
ヤジマとキタザワが疲れたのもあるし、
警官が鍛えられているのもあるだろう。
ヤジマも諦めかけた。
(ここまでか…)
その時、視線を移したヤジマの目に、
鷹の彫られた扉がぽつんとあるのが見えた。
(あの扉をくぐれば時間が稼げるかもしれない!)
逃げられるのなら。
「キタザワ!あの扉まで走れ!」
キタザワは頷くことで答え、
二人は最後の力を振り絞って走った。
乱暴に扉を開き、なだれ込み、ばたんと扉を閉めた。
荒い息をついている二人には、
警官の足音は聞こえなかった。
ただ、たくさんの扉の中で、爺さんが鑿をふるっている音だけがした。
風が吹いた。
斜陽街の風が吹いた。