夜羽はマスターに「行ってきます」と、告げると、
バーから斜陽街に出た。
風が吹く。
入ってきた風か、出ていった風か、
少し考えたが、どちらでもいいと思い、
街を歩いた。
一番街を歩く。
病気屋が熱屋に入っていくのを見た。
音屋はいつものように営業しているようだ。
ピエロットのギター弾きが、ギターの弦を買って出ていくのを見た。
酒屋は弟子が店番をしているようだ。
電脳中心では、電脳娘々がまだダイブの最中だった。
シャンジャーと一緒なのかもしれない。
占い屋の角から、
二番街を歩く。
占い屋から男が逃げて出てきた。
ペットショップはシャッターが閉まったままだ。
猫屋敷は行儀のいい猫が、時折主人に擦り寄っている。
ピエロットからは、黄色いサロペットの螺子師が出てきた。
何かさっぱりした顔をしている。
彼にも何かあったのかもしれない。
洗い屋には羅刹がいて、店の女性と話していた。
羅刹もまた、この街に溶け込んでいると思った。
三番街を歩く。
草ぼうぼうの教会は、何の気配もなくなっている。
浮浪者の気配もない。
罪が癒されるまで祈っている存在があったと、以前、螺子師が言っていた。
それから、羅刹が祝福した、「幸せになりたがりすぎていた花嫁」。
罪は癒されたのだろう。
黒い風は去っていったから。
白い風になって。
がらくた横丁を歩く。
合成屋はのっぺらぼうの仮面から、何か珍妙なものを見ている。
鎖師は、どこかに鎖を届けに行った。
玩具屋はふと、何かを思い出したように、猿のおもちゃを見た。
薬師は、ゴリゴリと何かをすりつぶしていた。
そして、舐めて、「にがい」と、顔をしかめている。
螺子師はまだ帰ってきていない。
がらくた横丁の奥の壁に、ネズミが通れそうな穴が、塞がれているのを見た。
番外地を歩く。
歩く夜羽の傍を、タキシードの螺子ドロボウが通り過ぎていった。
鳥篭屋は竹の鳥篭を編んでいた。
扉屋は、扉を彫ることに没頭していたが、
扉から風が吹くと、しぶしぶというように扉を閉め、また作業に没頭した。
スカ爺は、ノイズが入らなくなった八卦池を覗き込んでいる。
時々頷いている。
人形師は安堵の表情そのもので、人形を相手にしていた。
探偵事務所はまた暇になったらしい。
探偵は居眠りをし、助手は自分で入れた茶を飲んだ。
そして、神屋には新しい住人が幸せそうに居着いている。
夜羽は何の気配もなくなった廃ビルにやってきた。
階段をたんたんと上がっていくと、
大広間に酒屋がいた。
染み付いた思いを酒にしたらしい。
夜羽に軽く挨拶すると、
酒屋は帰っていった。
夜羽は廃ビルの屋上に出た。
ものすごい夕焼けだ。
風がまた吹いた。
夜羽は思わず帽子を抑える。
そして、風が穏やかになる。
夜羽は帽子を抑えていた手を離し、
その手を屋上のフェンスに置く。
街が一望できる。
夜羽はこの街が好きだ。