黒くなってしまった花嫁を抱きしめたまま、
羅刹は、どうしたら彼女が幸せになれるか考えていた。
彼女は幸せになりたがりすぎていたのだ。
幸せな思い出の残骸で、そのドレスを黒くしてしまうほどに。
羅刹は思い付いた。
(この人の悲しみの黒を、自分に移せないだろうか…)
思いを込めながら、花嫁のドレスをなでる。
少しその黒が薄らいだ気がした。
何度もその行為を繰り返す。
やがて羅刹のスーツの黒が深まり…
やがて…
そこには白いウェディングドレスの彼女がいた。
あの時…あの時と言うのがよく思い出せないが、多分、過去。
あの時の彼女だ。
花嫁がヴェールの向こうで微笑む。
多分昔に見たことのある微笑み。
黒い思い出達は、少し重かったが、
彼女が微笑んでくれるなら、それでいいと思った。
「さぁ、幸せになってください」
羅刹は祝福する。
明るくなった大広間。
染み付いた思い出達も祝福する。
余計なものを羅刹に渡して、軽くなった花嫁は、
思いを乗せ、白い風となって、扉屋の扉をくぐっていった。
(行ってしまいましたか…)
そこはがらんとした廃ビルの大広間。
扉屋の主人でなくてもわかった。
あの人はもう、斜陽街に来ることはないだろうと。
羅刹の耳の奥、
微かにモーターボートの音が聞こえた気がした。
それはとても懐かしいと感じた。
でも、何故懐かしいのかはわからなかった。
羅刹は廃ビルを下り、番外地に出た。
もう、あの懐かしい歌は聞こえない。
番外地の連中もほっとしていることだろう。
羅刹は斜陽街の風を感じた。
自分もここの住人となれているようだ。
自分ももう、あの花嫁と逢うことはないだろう。
「斜陽街で逢いましょう…」
斜陽街で懐かしい人に逢えた。
その人を祝福できた。
羅刹は、そのことにひどく満足した。