これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。
あの夢から目覚めて、
アキはナナがどこからか戻ってきた事を聞いた。
イチロウはとても喜んでそうだ。
ナナの子どもも、お腹の中で順調に育っているそうだ。
そして、教会の裏庭が、改装される事も聞いた。
多分、アキははじめて、泣く以外で教会の裏庭にやってきた。
そこには既に、キリエが来ていて何か頷いていた。
キリエはアキに気がつくと、
「今、螺子師って奴と、友達になったところだ」
と、笑った。
しばらく、キリエとアキと、ネズミ穴の向こうの螺子師とで話が弾んだ。
こちらからは、ナナが戻ってきた事。
螺子師からは、ある喫茶店のギター弾きの弦が3本切れた事、などが話された。
「奇遇だなぁ…」
と、キリエが呟いた。
「俺のギターの弦も3本切れたんだ。何か変な夢見た後のような気がしたけど…」
よく覚えていない、と、キリエは言った。
アキは、あの、近い3回の音の主がわかった気がした。
「ここも改装されちゃうらしくて…多分お話出来るのは最後だと思うんです」
アキがそう告げる。
「そうですか」
と、螺子師が言う。
「でも、アキさんなら、もう、大丈夫ですね」
螺子師は何か確信を持っている。
「イチロウさんでもなく、螺子師と言う僕でもなく、キリエさんと言う、いい人がいるじゃないですか」
「えっ…」
アキは絶句してしまう。
キリエに目をやると、真っ赤になっている。
「さて、お邪魔者は退散しますか。二人の未来に幸あらんことを!」
そして、ネズミ穴から遠ざかる足音が聞こえて、それっきりだった。
「アキ…」
ようやくキリエが口を開く。
「うん…」
アキはそれ以上言葉を続けられない。
「あの、とりあえず、弦買うの付き合ってくれないか?」
「うん」
そして自然にキリエの手が差し出され、
そして自然にアキの手が重ねられる。
二人は微笑み、教会の裏を後にした。
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。