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第65話 対

「あなたは…」

羅刹は呟いていた。

誰だったのかは、何となくわかる。

ただ、名前が思い出せない。


ドレスに身を包んだ、懐かしい人。

守りたかった人。


花嫁は羅刹のトレードマークの黒いボウガンを見詰める。

そして、

「何故ここまで来たの…」

と、呟く。

黒い花嫁も羅刹の事がわかっているようだ。


黒いスーツと黒いウェディングドレスが対になる。

暗い、灰色の大広間。


「幸せに…なりたかったの…」

黒い花嫁が呟く。

「幸せになりたかったのよぉっ!」

叫びが歌以上に広間を共振させる。

羅刹の周りの空気がチリチリとなる。

そして、広間から滲む、広間の思い出。

披露宴…笑顔…拍手喝采…涙…

それらを花嫁の叫びが崩壊させていった。

その度ごとに、花嫁の黒いドレスは、黒さを増していった。


(あの黒は…崩壊の黒…砕かれた思い出達の黒…)

羅刹はそう感じていた。

気がつけば、広間の暗闇も増したような気がする。


(この人は、守りたかった人)

羅刹はそれだけはわかっていた。

(守りたかった人が、悲鳴を上げている…)

名前も思い出せないが、この花嫁を助けなければいけないと感じていた。


ふと、思い出す。

毒蜜に浸けられていた男を。

羅刹は男の傍に駆け寄った。

ボウガンで鎖を断ち切る。

長い事毒蜜に浸けられていた鎖は、あっけなくぼろぼろになる。

「行かなければ…」

男はふらふらと歩き出した。


「だめっ…行かないでっ」

花嫁が哀願する。

「あなたが、あなたが…いなければ…」

駆けて縋り付こうとする花嫁を、羅刹が抱きしめて制止した。

男は広間を出ていった。


「…あの人は違うんです」

花嫁はそれでも、見えなくなった男を追うように、片手を入口にのばしている。

「あの人は、違う人の対になる人なんです」

花嫁の手がぱたりと下りた。

羅刹は花嫁を抱きしめていた。

黒い花嫁を…黒くなってしまった花嫁を、悲しい花嫁を、

抱きしめていた。

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