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第64話 家

半分機械の男は、扉を抜け、扉屋から出て、斜陽街にいた。

草原とは違った風が吹いた。

記憶が戻ってきた今となっては、懐かしいはずなのに、

草原の風の方が懐かしく感じられた。


「まずは合成屋…」

そこに『半分の自分』と空っぽのオルゴールが、合成されてあるはずだ。

歩き出そうとしたその時、声をかけられた。

「あんた、猫屋敷に世話になってた男だろ?」

振り向くと、斜陽街の探偵が立っていた。

男が取り合えず頷くと、

「やっぱりな、勘が指し示していたんだ」

探偵は先に立って歩き出す。

「合成屋だろ?案内するからついてこい」

男はついていった。


合成屋で『満ちたオルゴール』を受け取る。

「鳴らしてみたんですけど、何だか満ち足りたような音がするんですよぅ」

とは、合成屋の弁だ。

何か謝礼を…と、男は思ったが、何も持ち合わせがなかった事に気がつく。

「いいんですよぅ、不思議な音が聞けただけで満足ですよぅ」

「すまない」

男は『満ちたオルゴール』を持って、

探偵の案内されるまま、猫屋敷に向かった。


探偵が呼び鈴を鳴らし、猫屋敷の女主人を呼び出す。

探偵が男を紹介し…男は促されるまま猫屋敷に入っていった。


探偵は外で煙草を吸っていた。

あの男のまとう風は…もう、斜陽街のものではないと、勘が示していた。


たっぷりと時間をかけて、何本か煙草を吸う。

元々少なかった煙草がなくなるかと思った時、

玄関から男が出てきた。

猫屋敷の女主人は、笑顔で…『満ちたオルゴール』を持って、男を見送る。

男は深々と礼をして、猫屋敷を辞した。


「これからどうするんだ?」

探偵はわかりきっている事を聞く。

「鋼鉄の扉をくぐって、家に帰ります」

男は答える。

迷いは微塵もない。

「天使が家で待っているんです」

男は笑った。


男と探偵は扉屋に戻ってきた。

「お世話になりました」

男は探偵に礼を言う。

男は鋼鉄の扉を開いた。

「最後に聞かせてくれ」

探偵が呼びかける。

「あんたの名前は?」


「レオン、ギアビスがくれた名前です」


そうして鋼鉄の扉は閉ざされた。


「もう、戻ってくる事はあるまい…」

扉屋の主人が、扉を彫りながら呟いた。

探偵の勘もそれに同意していた。


探偵は空想する。

半分機械の男と、天使の家を。

草原の中、ちっぽけな家が似合う。

そして、幸せなのが似合うと思った。


それは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。

そして、斜陽街の物語。

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