半分機械の男は、扉を抜け、扉屋から出て、斜陽街にいた。
草原とは違った風が吹いた。
記憶が戻ってきた今となっては、懐かしいはずなのに、
草原の風の方が懐かしく感じられた。
「まずは合成屋…」
そこに『半分の自分』と空っぽのオルゴールが、合成されてあるはずだ。
歩き出そうとしたその時、声をかけられた。
「あんた、猫屋敷に世話になってた男だろ?」
振り向くと、斜陽街の探偵が立っていた。
男が取り合えず頷くと、
「やっぱりな、勘が指し示していたんだ」
探偵は先に立って歩き出す。
「合成屋だろ?案内するからついてこい」
男はついていった。
合成屋で『満ちたオルゴール』を受け取る。
「鳴らしてみたんですけど、何だか満ち足りたような音がするんですよぅ」
とは、合成屋の弁だ。
何か謝礼を…と、男は思ったが、何も持ち合わせがなかった事に気がつく。
「いいんですよぅ、不思議な音が聞けただけで満足ですよぅ」
「すまない」
男は『満ちたオルゴール』を持って、
探偵の案内されるまま、猫屋敷に向かった。
探偵が呼び鈴を鳴らし、猫屋敷の女主人を呼び出す。
探偵が男を紹介し…男は促されるまま猫屋敷に入っていった。
探偵は外で煙草を吸っていた。
あの男のまとう風は…もう、斜陽街のものではないと、勘が示していた。
たっぷりと時間をかけて、何本か煙草を吸う。
元々少なかった煙草がなくなるかと思った時、
玄関から男が出てきた。
猫屋敷の女主人は、笑顔で…『満ちたオルゴール』を持って、男を見送る。
男は深々と礼をして、猫屋敷を辞した。
「これからどうするんだ?」
探偵はわかりきっている事を聞く。
「鋼鉄の扉をくぐって、家に帰ります」
男は答える。
迷いは微塵もない。
「天使が家で待っているんです」
男は笑った。
男と探偵は扉屋に戻ってきた。
「お世話になりました」
男は探偵に礼を言う。
男は鋼鉄の扉を開いた。
「最後に聞かせてくれ」
探偵が呼びかける。
「あんたの名前は?」
「レオン、ギアビスがくれた名前です」
そうして鋼鉄の扉は閉ざされた。
「もう、戻ってくる事はあるまい…」
扉屋の主人が、扉を彫りながら呟いた。
探偵の勘もそれに同意していた。
探偵は空想する。
半分機械の男と、天使の家を。
草原の中、ちっぽけな家が似合う。
そして、幸せなのが似合うと思った。
それは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。
そして、斜陽街の物語。