これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。
ナナがいなくなって、しばらくしたある夜、
アキはリアルな夢を見た。
暗がりの中、アキは歩いていた。
(ああ…この空気は以前にも…)
確か夢魔というやつがいた空間と似た空気。
そんな空気が流れる暗がりの中を、アキは歩いていた。
暗がり。
自分の心の中にもある暗がり。
ナナさんがいなくなってしまえばと、どこかで思っていた自分。
イチロウさんを独占したかったであろう自分。
自分は暗がりを否定している。
でも、暗がりは存在する。
やがて、アキは暗がりに人影を見つける。
それは…黒いドレスをまとった…
「ナナさん!」
ドレスでも隠せない妊娠曲線。
印象的な茶色の髪。
「こんなところにいたんですね!イチロウさん達が心配してますよ」
ナナは振り向いて、笑う。
虚ろに。
「死んでいる気がするのよ…」
普段のナナからは考えられない、空虚で力のない言葉の群れ。
「誰が、ですか?」
アキが問い掛ける。
ナナは言う。
「私が…もしくはこの子が…」
ナナがお腹をさする。
「私は幸せになりたいの…この子も幸せにしてあげたいの…どちらが欠けてもだめなの…」
ナナの目の色が変わる。
「アキ、あんたをイチロウの傍に置いてはおけないわ。あんただけ幸せになってしまう」
ナナの口が耳まで裂けたように見えた。
「だからあんたの命をちょうだい。私とこの子の幸せのため…せめて夢の中でも幸せになれるように…」
「私がいなくなればいいと思っていたでしょう!」
いつしかナナの手にはナイフがあった。
アキは答えられなかった。
「夢魔にあんたの命をあげれば、目覚めない夢の中、私達は幸せでいられる。幸せになりたいのよ!」
ナナはナイフを振り回す。
アキは暗がりの中、逃げ回っていた。
悪意の中を逃げ回っていた。