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第60話 悪意

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。


ナナがいなくなって、しばらくしたある夜、

アキはリアルな夢を見た。


暗がりの中、アキは歩いていた。

(ああ…この空気は以前にも…)

確か夢魔というやつがいた空間と似た空気。

そんな空気が流れる暗がりの中を、アキは歩いていた。


暗がり。

自分の心の中にもある暗がり。

ナナさんがいなくなってしまえばと、どこかで思っていた自分。

イチロウさんを独占したかったであろう自分。

自分は暗がりを否定している。

でも、暗がりは存在する。


やがて、アキは暗がりに人影を見つける。

それは…黒いドレスをまとった…

「ナナさん!」

ドレスでも隠せない妊娠曲線。

印象的な茶色の髪。

「こんなところにいたんですね!イチロウさん達が心配してますよ」

ナナは振り向いて、笑う。

虚ろに。


「死んでいる気がするのよ…」

普段のナナからは考えられない、空虚で力のない言葉の群れ。

「誰が、ですか?」

アキが問い掛ける。

ナナは言う。

「私が…もしくはこの子が…」

ナナがお腹をさする。

「私は幸せになりたいの…この子も幸せにしてあげたいの…どちらが欠けてもだめなの…」

ナナの目の色が変わる。

「アキ、あんたをイチロウの傍に置いてはおけないわ。あんただけ幸せになってしまう」

ナナの口が耳まで裂けたように見えた。

「だからあんたの命をちょうだい。私とこの子の幸せのため…せめて夢の中でも幸せになれるように…」


「私がいなくなればいいと思っていたでしょう!」

いつしかナナの手にはナイフがあった。

アキは答えられなかった。

「夢魔にあんたの命をあげれば、目覚めない夢の中、私達は幸せでいられる。幸せになりたいのよ!」

ナナはナイフを振り回す。

アキは暗がりの中、逃げ回っていた。


悪意の中を逃げ回っていた。

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