これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。
ここは『忘却の草原』、
そこで、置いてきたはずのレオンの記憶が戻ってくる。
自分は天使を求めて斜陽街にやってきた。
斜陽街で一人の女性に世話になった。
猫の目のような女性だった。
自分はその女性を大切に思った。
夢を語ったりもした。
天使を探すという夢を。
だから、自分はその女性に『自分』を半分預けることにしたのだった。
天使を見つけたなら、
合成屋にあずけてある、『半分の自分』と空っぽのオルゴールと合成した、それを、
世話になった彼女に渡そうと、
自分は扉屋の扉をくぐり、『忘却の草原』に入った時点で、記憶の大半を斜陽街に飛ばした。
そういうことだったのだ。
「ギアビス…」
「なに?」
ギアビスがレオンの顔の下から彼を見上げる。
「俺はまた扉をくぐって斜陽街に戻らなければならない」
一瞬、ギアビスの表情が曇る。
「世話になった人に渡すものがあるだけだ。必ず、戻ってくる」
「必ず?」
「ああ、必ずだ」
ギアビスが頷く。
「待ってるから」
ギアビスは無理に笑顔を作った。
「待ってるから」
その瞳に涙が浮かぶ。
「待ってる…」
泣き出してしまったギアビスの肩を優しく包むと、
「必ず戻ってくる」
しっかりとそう言った。
飛べないと嘆くギアビスと、
いつか一緒に空を飛ぼう。
空を飛んで、旅に出るのもいいかもしれない。
そしてこの草原に帰ってこよう。
ここがギアビスと自分の家なのだから。
ギアビスは探し求めていた天使なのだから。
もう、一人にはさせない。
家から少し離れた草原にぽつりと立つ、
レオンは鋼鉄の扉を開いた。
斜陽街の風が吹いた。