人は皆、どこかで仮面を使っているようなもの。
仮面をかぶり、仮面の笑顔で接する。
その下ではどんな表情をしているかわからない。
コンコン、探偵事務所のドアをノックする音。
「どうぞ」
探偵の助手が入室を促す。
ドアを開けて、生体系の男が入ってきた。
どこか冴えない感じがするな、と、探偵は思った。
「依頼ですか?」
探偵がたずねる。
助手がお茶を出す。
良質の茶の香りが事務所に広がった。
男は写真を出した。
「彼女を探してくれませんか?」
出された写真は笑顔の女性。
美人の定義は時代により異なるが、
この笑顔はどの時代でも、悪い方には取られまい。
どの時代でも、そこそこの美人として通じるだろう。
そんな笑顔だった。
だからこそ探偵は見抜いた。
「仮面…」
ぽつりと探偵は呟く。
「え?」
依頼人は驚く。
「いえ、こっちのことです」
探偵は言葉を曖昧にした。
依頼人の連絡先だけを聞き、
探偵は事務所に助手を残し、
斜陽街へと出ていった。
探偵の勘は一番街を告げている。
探偵は取り合えず一番街のバーに行ってみることにした。
一番街のバー。
ここには大抵夜羽とマスターがいる。
バーに入ってみると、確かに夜羽とマスターと…お客が数人いた。
その中に、ある生体系の女性を見つけた。
女性の客は席を立ち、バーを出て行こうとしている。
貧相な顔の女性だ。
何故か鞄だけ大切そうに持っている。
探偵の勘はこの女性を指した。
「ちょっと」
探偵は女性を引き止める。
「な、何か…」
女性は何故か怯えている。
「あなたを探している男の人がいます」
女性がビクッと震える。
「来てもらえますか?」
女性はうつむいたまま、首を横に振った。
「…あの人は…これがあればいいの…」
女性は鞄の中から何か取りだし、探偵に押し付けると、バーを出ていった。
「…仮面?」
夜羽が興味津々に覗き込む。
「…そのようだな」
どういう訳か、探偵の勘はこの仮面を指している。
今一つ釈然としないが、
探偵は依頼人と連絡を取り、事務所に戻った。
「『あの人はこれがあればいい』、そう言い残して女性は去っていきました」
事務所で探偵は淡々と話す。
依頼人は仮面を手にとり、
「ああ、まさしく彼女だ…」
そう、言った。
「ああ、これが彼女だったんだな…そうか、あの笑顔は仮面の彼女だったのか…やっと逢えた…」
依頼人は大事そうに仮面を抱きしめると、料金を払って事務所をあとにした。
「これで良かったんですかね…」
助手は依頼人の出ていったドアを眺めながらそう言う。
「必要とするものは人それぞれさ」
そして、探偵は助手にお茶を入れるよう頼んだ。