これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。
ナナがいなくなってしばらくして、
アキは教会の裏庭に来て、
ネズミのくぐるような穴の向こうの、
「螺子師」という人物と話をした。
「アキは太陽のような人かい?」
螺子師がそうたずねた。
「僕は太陽なんかじゃない」
アキが答える。
そして、聞き返す。
「何で僕が太陽みたいだって?」
螺子師は少し考えて、答える。
「アキという、太陽のような人に憧れている人が、この街にいるんだ」
「それじゃあ、僕じゃない。僕はせいぜい小さく輝く星だよ」
「小さな星だって、近づけば太陽のように輝いているかもしれないよ?」
「違う。僕は違う」
アキは否定する。
「僕は太陽の光に隠れている小さな星。太陽のように幸せに輝いていた彼女じゃない」
「彼女?」
螺子師はそのあたりが気になったらしい。
「彼女って誰だい?」
アキはしまったと思った。
しばらく、アキは黙ってしまった。
「アキ?」
螺子師が声をかける。
アキは深呼吸する。
そして、意を決して話し出す。
「ナナという人。イチロウという人の奥さん」
「そうか、ナナという人が…」
「今は行方不明。手を尽くしたんだけど見つからないんだ…」
螺子師は黙ってしまった。
「それでね…」
アキは続ける。
「僕はイチロウという人が大好きなんだ」
言葉を選んでいるであろう螺子師、声は聞こえない。
一度意を決したアキは続けて話す。
「ねぇ…このまま太陽のようなナナさんが出てこなければ、小さな星の僕にイチロウさんは気がついてくれるかな?」
アキは自分でも気がつかないうちに泣いていた。
「そう思う僕は悪い僕なのかな?イチロウさんが本当に愛しているのはナナさんだってわかっているのに…イチロウさんはナナさんといるのが幸せだってわかってるのに…」
大粒の涙が零れ落ちる。
「僕が、気がつかないうちに、そう、望んでいたから、ナナさんは消えちゃったのかな…」
泣きじゃくるアキ。
「泣いているんですか?」
そう、たずねる螺子師。
「…ごめん…泣く、つもりはないんだけど…」
「泣きたい時は泣いた方がいいですよ。ここからは泣き顔見えませんし…」
「うん…うん…」
アキは顔の見えないことに感謝をし、ひとしきり泣いた。