これは妄想屋の一本の妄想。
ブツッと録音がはじまる。
「あー、あー、録音されてますか?」
一度途切れ、再び録音がはじまる。
録音されたものを巻き戻して聞いたらしい。
「録音されてるみたいだな」
客らしい男の声。
「古い型ですけど、録音機能は悪くないですよ」
と、妄想屋の声。
「そうか…」
「では、あなたの妄想を聞きましょうか」
椅子を引く音。
どちらかが座り直したらしい。
「俺の妄想…」
客は少し黙る。
そして話す。
「それは斜陽街に来た時からはじまった…」
「斜陽街に来た時から、時々別の誰かの考えや感覚が頭に入ってくるんだ…」
「どんな感じなのでしょう?」
夜羽は聞き出す。
「道を歩いていると不意に別の街の景色が見える。全ての感覚が一瞬その街に飛ぶ。その街の誰かと感覚が重なる。そして少しすると斜陽街に感覚が戻ってくる。そんな感じだ」
夜羽は次の質問をする。
「その街に行って、どんなことを感じていますか?」
客は少し唸り、話す。
「おかしな話しだが…感覚が重なったその街の誰かはこう考えている。『彼女は既に死んでいるのではないか』と…」
「彼女は既に死んでいる?」
「確かにそう感じていた。その誰かの前には明るい笑顔があり、仲間がいた。女性と思われるのは二人。そのうちどちらかは既に死んでいるのではないかと感じていた…」
「ふむ…」
「彼女は多分死んでいることを否定している。だからあんなに笑える。重なった誰かはそれが辛い。その辛さが伝わってくるんだ…」
客が涙ぐむ。
「なぁ、死んでいることを告げた方がいいのか?それともこれは俺の妄想だから告げない方がいいのか?…俺は彼女が死んでいない方がいい、だけど…」
それからは言葉にならなかった。
「彼女が死んでいなければいいというのは、あなたの感覚ですか?それとも、重なった誰かの感覚ですか?」
夜羽がたずねる。
客は答えなかった。
黒い風が吹いて以来、どうもおかしなことが続いている。
これもその一部かもしれない。
そう、妄想屋は言っていた。