「気にしないのか?」
頭を洗い終えた客が、洗い屋にそうたずねる。
「何をですか?」
洗い屋は人懐っこく微笑みながら返す。
客は少し困って、
「例えば…僕が何の仕事をしているのかとか…何故いつも血まみれなのかとか…」
洗い屋は「うーん」と考え、
「あんまり気になりませんねぇ」
黒スーツの客は少し考え込む。
「気にかけるほどの存在じゃないということか?」
「うーん…それとはまた違うんですよねぇ」
洗い屋は困ったように頭を掻く。
「洗い屋は皆を平等に洗う。みんな大切なお客様ですよ。多分そういう事なんです」
「そっか…」
「マッサージ、どうします?」
「今日はいい…けど、少し話したい気分なんだ」
「付き合いましょう」
洗い屋は客の前に椅子を一つ持ってくると腰掛けた。
「お茶、どうぞ」
洗い屋が店の奥からお茶を持ってくる。
何のお茶かは知らないが良い香りがした。
「どうも…」
と、客は茶を受け取ってすする。
そして客は意を決したように話す。
「僕は羅刹。人殺しをしている…」
洗い屋は一瞬少し眼を見開いた。
しかし、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
そして、
「やっぱりそうでしたか」
今度は羅刹の方がびっくりした。
「人殺しなんだ。怖くないのか?」
洗い屋はニィと笑った。
「言ったでしょう、みんな大切なお客様です。怖くなんかありませんよ」
洗い屋は続ける。
「洗われているその時、それは赤子のように無防備な時です。そんなお客様を怖がったりしませんよ。むしろ守ってあげたいくらいです」
羅刹は溜息をついた。
「敵わないな…」
「この店に来る度思う。自分は浄化されている。この血まみれの手もいつかきれいになるような気がするんだ…」
羅刹は手を見詰める。
その手は先程シャワーを浴びてきれいになった手である。
羅刹にはまだ返り血が見えているのかもしれない。
「あなたはこの街に受け入れられている」
洗い屋は優しく微笑む。
「大丈夫、きれいにしてあげますよ」
洗い屋は羅刹の頭を撫でた。
「母さんの匂いがする…」
羅刹はしばらくなでられるままになっていた。