これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。
ある日。
アキは常々そうであるように教会の裏庭で泣いていた。
キリエに見つかってからは、来るのが少しためらわれたが、
やっぱり泣く場所はそこしかないので、結局教会の裏庭にアキはいた。
ひとしきり泣いて、
そろそろ戻ろうかと思ったその時。
アキは壁の下に妙な物を見つけた。
ネズミが通り抜けられるくらいの穴。
漫画のようなネズミ穴だ。
そこからプラスドライバーがひょこひょこ動いている。
教会の誰かが…いや、裏庭に面した部屋は誰もいないはず。
疑問を持ちながら、アキはプラスドライバーを掴んだ。
「ひゃあ!」
間抜けな声が穴の向こうからした。
相当びっくりしたらしい。
「だ、だれか、そこに…」
「いるよ」
アキは答える。
「人のいる空間に繋がってたのか…」
ドライバーの主は訳のわからないことを言う。
「なんなの一体?」
アキはたずねる。
「なんなのと言われても…とりあえず、違った世界がこの穴で繋がっているらしいってことだ」
「違った世界?」
「そう」
ドライバーの主は自分の住む街の名前を言った。
アキはそんな街は知らなかった。
逆にアキが街の名前を言う。
ドライバーの主はそんな街知らないと答えた。
アキは穴の向こうの彼に興味を持った。
「ねぇ、君はどんな人?」
穴の向こうで考える。
「かっこいい人だよ」
「本当?」
「いや、実はそんなでもない」
アキは笑った。
穴の向こうでも笑ったらしい。
「どんなお仕事しているの?」
アキがたずねる。
「螺子を扱ってる」
「ねじ?」
「そう、螺子」
「ふぅん…」
アキはよくわからないなりに納得した。
「僕はね、パン屋さんで働いてる。バンドもやってるんだ。キーボードだよ」
「かっこいいねぇ」
「えへへ…」
アキは照れた。
「ここに来ればまた君に逢えるかな?」
穴の向こうから問い掛け。
「ん…時々しかここに来ないけど…」
「じゃ、逢えるんだね。時々でも」
「んー…」
アキは考え込む。
穴の向こうは続ける。
「友達になれそうだと思ったんだ」
「名前、教えてよ」
「アキ。アキって言うんだ」
穴の向こうに間。
何か思うところがあったらしい。
「君は?」
「螺子師と覚えておいて」
奇妙な出逢い、再会の約束もせずに別れた。
アキはまたあの螺子師に逢えるような気がなんとなくした。