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第42話 穴

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。


ある日。

アキは常々そうであるように教会の裏庭で泣いていた。

キリエに見つかってからは、来るのが少しためらわれたが、

やっぱり泣く場所はそこしかないので、結局教会の裏庭にアキはいた。


ひとしきり泣いて、

そろそろ戻ろうかと思ったその時。

アキは壁の下に妙な物を見つけた。

ネズミが通り抜けられるくらいの穴。

漫画のようなネズミ穴だ。

そこからプラスドライバーがひょこひょこ動いている。

教会の誰かが…いや、裏庭に面した部屋は誰もいないはず。

疑問を持ちながら、アキはプラスドライバーを掴んだ。

「ひゃあ!」

間抜けな声が穴の向こうからした。

相当びっくりしたらしい。

「だ、だれか、そこに…」

「いるよ」

アキは答える。

「人のいる空間に繋がってたのか…」

ドライバーの主は訳のわからないことを言う。

「なんなの一体?」

アキはたずねる。

「なんなのと言われても…とりあえず、違った世界がこの穴で繋がっているらしいってことだ」

「違った世界?」

「そう」

ドライバーの主は自分の住む街の名前を言った。

アキはそんな街は知らなかった。

逆にアキが街の名前を言う。

ドライバーの主はそんな街知らないと答えた。


アキは穴の向こうの彼に興味を持った。

「ねぇ、君はどんな人?」

穴の向こうで考える。

「かっこいい人だよ」

「本当?」

「いや、実はそんなでもない」

アキは笑った。

穴の向こうでも笑ったらしい。

「どんなお仕事しているの?」

アキがたずねる。

「螺子を扱ってる」

「ねじ?」

「そう、螺子」

「ふぅん…」

アキはよくわからないなりに納得した。


「僕はね、パン屋さんで働いてる。バンドもやってるんだ。キーボードだよ」

「かっこいいねぇ」

「えへへ…」

アキは照れた。


「ここに来ればまた君に逢えるかな?」

穴の向こうから問い掛け。

「ん…時々しかここに来ないけど…」

「じゃ、逢えるんだね。時々でも」

「んー…」

アキは考え込む。

穴の向こうは続ける。

「友達になれそうだと思ったんだ」


「名前、教えてよ」

「アキ。アキって言うんだ」

穴の向こうに間。

何か思うところがあったらしい。

「君は?」

「螺子師と覚えておいて」


奇妙な出逢い、再会の約束もせずに別れた。

アキはまたあの螺子師に逢えるような気がなんとなくした。

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