遠雷が鳴っている。
「珍しいですねぇ」
と、合成屋は義手の手入れをしながら言った。
「そうなのか?」
合成屋の客…羅刹が不思議そうにたずねる。
「雨が降ることはありますけど、雷までは…珍しいですねぇ」
「そうなんだ…」
納得する羅刹。
青白く光る窓。
遅れて鳴る雷。
「降りそうですねぇ…」
合成屋が天井を見ながら言った。
少し強い雨足。
合成屋の賢者の井戸に波紋が広がる。
そこだけどういう訳か雨漏りをしている。
合成屋の趣味なのかもしれない。
「そういえば最近も雷ありましたっけねぇ…あの時は電脳娘々さんも停電して困ったと聞きましたっけ…」
「最近…うん、あった…」
「雷は嫌ですよぅ。なんか怖いじゃないですか」
合成屋が大袈裟に首を竦める。
「雷…」
羅刹はサングラスごしに遠くを見る。
「雷の記憶…」
また窓が光った。
雷が鳴る。
少し近づいたようだ。
「妄想かもしれないんで聞き流してもいいんだ…」
「聞きましょう。聞いてくれないよりはマシでしょう」
「うん…」
羅刹は頷いた。
そして、ぽつりぽつりと話し出す。
「前の雷の時に…僕は番外地の廃ビルで雨宿りをしていたんだ…」
「最近噂の廃ビルですね。妙な歌が聞こえるとかいう…」
「うん…その時…稲光とともに一瞬フラッシュした光景…」
羅刹は言葉を区切る。
雨はだいぶ強くなったようだ。
「黒いドレス…大きなガラス管の中にいる男…灰色の大広間…」
カッとあたりが眩しく光り、間髪入れずに雷が鳴る。
二人は少し沈黙していた。
雨はまだ強い。
雷はその少しの間に少しずつ遠くに行っているようだ。
ぱたぱたぱた、と、雨漏りが井戸に落ちる。
「羅刹さんだから見えたんじゃないですか?」
先に口を開いたのは合成屋だ。
「え?」
羅刹は聞き返してしまう。
「その光景ですよぅ。斜陽街に根を張っている僕達じゃ見えないんだと思いますよぅ」
「…」
「きっとよそから来た羅刹さんだから見えたんですよぅ」
「かといって…その見えた意味もわからない…」
「いいんですよぅ、意味なんて後づけすれば」
合成屋は笑った。
羅刹も少し笑った。
雨は随分弱くなったようだ。