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第34話 桜

「なんだなんだ」

玩具屋はくわえ煙草のまま驚いた。

目の前にはピンクのモコモコに囲まれて薬師のリィがいる。

「なんだって…桜だよ」

リィは事もないようにそう言った。

その両手には大ぶりの桜の枝が何本も握られている。

もうすぐ満開だ。

少ししたら散ってしまうだろうけど…

「薬の代金代わりにもらったんだ。斜陽街のあちこちに分けてあげようと思って」

「なるほどねぇ…」

「じゃ、玩具屋さんに、これ」

と、枝を一本渡す。

「みんなにもあげてくるねー」

リィはそう言い残すと、開けっ放しの扉から出ていった。


「元気ですねぇ…彼女は」

入れ替わりに合成屋のトーナが入ってくる。

その手には桜が一枝握られている。

「押し付けられたのかい?」

「いえ、頼み込んで一枝もらいましたぁ」

「頼み込んで?」

合成屋は妙な物を欲しがる傾向がある。

玩具屋はそれを思い出していた。

合成すると楽しいものが出来るからだとか、どうとか。

今回もそうなのだろうか?


「で、またなんで桜なんて…」

「これは、『修羅の桜』なんですよぅ」

「修羅の桜?」

玩具屋は初めて聞く。

「むかぁしむかし。修羅という鬼がいました。神様は美しいものをたくさん満たした世界を作りました。修羅は『美しいものなら俺にも作れる』と、桜をつくったなのです。昔話終り」

「ふぅん…それで修羅の桜…」

「そう、これにあれを合成するんですよ…」

そこへ、

「邪魔するよ」

何か言おうとしたトーナの言葉を遮って螺子師が入ってくる。

やっぱりその手には桜が握られている。

「あっちゃー…こっちももらってたか…」

「んー?」

「いや、この桜、置き場所に困ったから引き取ってもらおうと思って…」

「がらくた横丁の店はどこも狭いぞ」

玩具屋がそう言うと、

「そうなんだよなぁ…」

と、螺子師は溜息をついた。

「なら僕に下さいよぅ」

「あ、ああ…ならあげるけど…」

「わぁい」

トーナは小躍りして喜んだ。


「さくら♪さくら♪」

うきうきしながら帰っていくトーナを見て、

自分も桜をあげればよかったかな、と、玩具屋は思い、

大ぶりの桜の置き場に困ったのである。

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