「なんだなんだ」
玩具屋はくわえ煙草のまま驚いた。
目の前にはピンクのモコモコに囲まれて薬師のリィがいる。
「なんだって…桜だよ」
リィは事もないようにそう言った。
その両手には大ぶりの桜の枝が何本も握られている。
もうすぐ満開だ。
少ししたら散ってしまうだろうけど…
「薬の代金代わりにもらったんだ。斜陽街のあちこちに分けてあげようと思って」
「なるほどねぇ…」
「じゃ、玩具屋さんに、これ」
と、枝を一本渡す。
「みんなにもあげてくるねー」
リィはそう言い残すと、開けっ放しの扉から出ていった。
「元気ですねぇ…彼女は」
入れ替わりに合成屋のトーナが入ってくる。
その手には桜が一枝握られている。
「押し付けられたのかい?」
「いえ、頼み込んで一枝もらいましたぁ」
「頼み込んで?」
合成屋は妙な物を欲しがる傾向がある。
玩具屋はそれを思い出していた。
合成すると楽しいものが出来るからだとか、どうとか。
今回もそうなのだろうか?
「で、またなんで桜なんて…」
「これは、『修羅の桜』なんですよぅ」
「修羅の桜?」
玩具屋は初めて聞く。
「むかぁしむかし。修羅という鬼がいました。神様は美しいものをたくさん満たした世界を作りました。修羅は『美しいものなら俺にも作れる』と、桜をつくったなのです。昔話終り」
「ふぅん…それで修羅の桜…」
「そう、これにあれを合成するんですよ…」
そこへ、
「邪魔するよ」
何か言おうとしたトーナの言葉を遮って螺子師が入ってくる。
やっぱりその手には桜が握られている。
「あっちゃー…こっちももらってたか…」
「んー?」
「いや、この桜、置き場所に困ったから引き取ってもらおうと思って…」
「がらくた横丁の店はどこも狭いぞ」
玩具屋がそう言うと、
「そうなんだよなぁ…」
と、螺子師は溜息をついた。
「なら僕に下さいよぅ」
「あ、ああ…ならあげるけど…」
「わぁい」
トーナは小躍りして喜んだ。
「さくら♪さくら♪」
うきうきしながら帰っていくトーナを見て、
自分も桜をあげればよかったかな、と、玩具屋は思い、
大ぶりの桜の置き場に困ったのである。