彼は螺子ドロボウ。
素性は不明。
タキシードをまとっている、少々ふざけた泥棒である。
頭の螺子を盗むことを楽しみとしている。
「待てぇっ!」
螺子師が螺子ドロボウを追いかけてくる。
ここで捕まるようなら、螺子ドロボウ失格である。
建物を飛び、走り、捕まりそうなところで逃げる。
常に螺子師の視界にいるようにする。
そうでなくてはスリルがない。
そして、螺子師に螺子を返す。
「こんな螺子が欲しいんじゃないんだ…わかるよね?」
そうやって螺子ドロボウは闇に消える。
唖然とした螺子師を残したまま…
ある日螺子ドロボウは番外地を歩いていた。
最近、妙な歌が聞こえるというあたりだ。
人形師が不格好になった人形を持って、三番街に歩いていくのを見た。
きっと螺子師のところに、人形の螺子を緩めてもらいに行くのだろう。
「んー?なんだ?」
螺子ドロボウの前に、不格好に膨れた…多分、犬が現れた。
「犬…?」
「ばう」
…犬らしい。
相撲取りのような犬は、多分人形師の人形と同じ症状が起きているのだろう。
心が張り裂けんばかりの歌を聞き、思いを中に溜め込み過ぎたのだろう。
人間なら身体と心の耳を塞ぐ。
出来ないと思いを溜め込み過ぎて膨れる。
最後には内側からはじけてしまうかもしれない。
螺子ドロボウはそこまで考えてやめた。
スプラッタは嫌いだ。
「よーしよしよし、今、楽にしてやるからな」
螺子ドロボウは犬の頭の螺子を緩め、盗んだ。
途端に、風船がしぼむように犬はしぼんでいった。
あとにはちょっと貧相な野良犬が残った。
「ばう」
「楽になったろう?」
「ばう」
犬は感謝するように一つ吠えると、路地裏に消えていった。
「螺子ドロボウらしくないことしたかな…」
ふと、螺子師の顔を思い出した。
彼なら喜んで犬を助けただろう。
螺子なんてなければ、本能の赴くまま行動できて、思いなんて内側に溜まらないのに…
そのあたり、螺子ドロボウはわからない。
螺子を大切にする螺子師のことがわからない。
「まぁいいか…」
螺子ドロボウは長髪をくしゃくしゃとすると、また闇を歩き出した。