これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。
ここはテラコッタ色の屋根の街。
ここにアキという少女が住んでいる。
アキは快活な少女だ。
少なくとも、人前では。
アキにはこの街に来る前の記憶がない。
いつのまにかこの街にいて、当たり前のように迎え入れられていた。
アキは今はパン屋の二階に住んでいる。
パン屋の手伝いをしつつ、バンドをしている。
学校には通っていない。
学生がちょっと羨ましいと思う時もあるけど、
パン屋の仕事も大切だから、学校には行っていない。
「アーキー。いるかー?」
学校帰りのキリエが迎えに来る。
教会裏で泣いているのを見られて以来、ちょっと会うのが恥ずかしかったが、
キリエは何もなかったようにしているので、アキも何もなかったように振る舞うことにした。
ぎくしゃくしたけど、すぐに慣れた。
「よぅ、来たか」
バンドの仲間がスタジオで出迎える。
彼はドラムのケイ。
大柄な男で、本職は本屋だ。
「キリエは今日は遅刻しなかったんですね。偉くなりましたねぇ」
「うるさいやい」
キリエを皮肉った彼は教会の息子のユキヒロ。ベース担当だ。
片目を髪で隠している。
読書が好きな物静かな人だ。
そして…
「そろったな、一度合わせてみるか?」
彼がバンドのリーダー、イチロウ。ヴォーカル担当。
髪を白く脱色していて、耳あたりで揃えている。
いつもサングラスをかけていて、少し背の高い男だ。
「おう、合わせようや」
キリエはギターを構えた。
「うん」
アキはできるだけ元気よく返事し、キーボードをセットした。
「差し入れ持って来たわよ」
音合わせの途中、お腹の大きな茶髪の女性が菓子パンを持って来た。
彼女はナナ。
イチロウの妻だ。
「安静にしてろっていわれてるだろ」
沈着冷静なイチロウが慌てる。
「うん…でも、この子にもここの音聞かせたくって」
ナナは大きなお腹をさする。
アキはそれを見ていた。
いつになったら、こんな光景を笑って見られるようになるのかと思っていた。
それもここの日常…