これはある男の物語。
自分を縛る無数の鎖。
そして、自分が浸けられているここは毒蜜の中。
いっそとどめをさされればいいのに。
思ってもそれは叶わないらしい。
自分を求めていてくれる人がいる。
自分はそれを求めていた。
求められることを、求めていた。
けれど、こんなことを求めていたのではない。
こんな束縛を求めていたんじゃない。
毒蜜の中で目を覚ます。
黒い人影が見える。
歌っているようだ。
胸がはりさけそうな歌。
この歌を歌わせているのは自分なのだろうか?
黒い人影は自分を責めるように歌う。
自分は何をしてしまったんだろうか?
脳まで毒蜜に浸かって上手く考えられない。
身体はきっと二目と見られないくらいどろどろに溶けているんだろう。
それでも自分は生きている。
苦しくて苦しくて、それでも死ねない。
自分は何者だったのだろう。
「誰にも渡さない」
黒い人影はそう言った。
「絶対に離さない…」
何かを呪うようにそう言われた。
自由になりたい。
不意にそう思った。
太陽が見たい。
風を感じたい。
そう思った。
毒蜜が絡み付いていて、鎖が自分をしっかり縛っていて動けない。
眠ることにした。
起きていても生きている気がしないからだ。
夢を見た。
女性が泣いていた。
自分はその人に手を伸ばす。
「泣かないで」
忘れそうになっていた、自分の、声。
「空っぽなの…」
女性は泣きながらそう言う。
「埋めてあげるから…だから泣かないで…」
自分は彼女の涙を止めてあげたかった。
女性は少しびっくりしたように顔を上げる。
「あなたが…私の…」
不意に意識が覚醒した。
また、あの歌だ。
大切な人を夢で見たような気がするのに、
思い出せない。
胸がはりさけそうな歌。
その歌に揺られて自分はまた眠った。