これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。
入り口から白い影が入ってきた。
左眼の…義眼の焦点が合わないのでそう見えた。
「気がついた?」
白い影はそう言った。
「まだ焦点が合ってないのかな?」
影が自分を下から覗き込んだ。
白い髪、白いローブ。肌も白い。
瞳は赤い。そしてそばかす顔だ。
少し、かわいいなと思った。
「ふむ…」
白い影は何か納得すると、すっと離れた。
「僕はギアビス。君は?」
そういえば自分の名前の記憶もなかった。
自分は何者だったのだろう。
名前の記憶がないことをギアビスに告げたら、ギアビスは名前をつけてくれた。
「レオン」
それが自分の名前になった。
窓の外では霧が徐々に晴れつつあった。
「ここは忘却の草原と呼ばれてるんだ…」
窓の外に広がる緑の波。
草原だ。
「ここに来ると、自分が何者であったか忘れるらしいんだ。多分君も…」
レオンは頷いた。
「君は半身なかったからね。僕の持ってた技術で補っといた」
義手と義眼のことはそれで納得した。
それでも、どうしてそこまでしてくれるのか、その疑問をぶつけてみる。
「僕が寂しかったから」
ギアビスは笑った。
少し寂しそうな笑みだった。
レオン…まだその名前には馴染まない。
それでもレオンは、ここに来た意味を探す。
記憶はそのあたりもなくなっている。
それでも、ここに来たことが間違っていないという感じがある。
緑の波が優しく鳴る。
自分はここに何を求めて来たのだろう。
半身を置いてきてまで…
名前を捨ててまで…
何かを求めていたような気がする。
自分はここに何を求めて来たのだろう。
「もしかしたら思い出せるかもしれないし、ゆっくりするといいよ。補ったパーツの調整もあるしね」
ゆっくりでいい。
それでいいと思った。
根拠はないが、そう思った。
穏やかな生活がはじまる。