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第29話 草原

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。


入り口から白い影が入ってきた。

左眼の…義眼の焦点が合わないのでそう見えた。

「気がついた?」

白い影はそう言った。

「まだ焦点が合ってないのかな?」

影が自分を下から覗き込んだ。

白い髪、白いローブ。肌も白い。

瞳は赤い。そしてそばかす顔だ。

少し、かわいいなと思った。

「ふむ…」

白い影は何か納得すると、すっと離れた。

「僕はギアビス。君は?」

そういえば自分の名前の記憶もなかった。

自分は何者だったのだろう。

名前の記憶がないことをギアビスに告げたら、ギアビスは名前をつけてくれた。

「レオン」

それが自分の名前になった。


窓の外では霧が徐々に晴れつつあった。

「ここは忘却の草原と呼ばれてるんだ…」

窓の外に広がる緑の波。

草原だ。

「ここに来ると、自分が何者であったか忘れるらしいんだ。多分君も…」

レオンは頷いた。

「君は半身なかったからね。僕の持ってた技術で補っといた」

義手と義眼のことはそれで納得した。

それでも、どうしてそこまでしてくれるのか、その疑問をぶつけてみる。

「僕が寂しかったから」

ギアビスは笑った。

少し寂しそうな笑みだった。


レオン…まだその名前には馴染まない。

それでもレオンは、ここに来た意味を探す。

記憶はそのあたりもなくなっている。

それでも、ここに来たことが間違っていないという感じがある。


緑の波が優しく鳴る。


自分はここに何を求めて来たのだろう。

半身を置いてきてまで…

名前を捨ててまで…

何かを求めていたような気がする。

自分はここに何を求めて来たのだろう。


「もしかしたら思い出せるかもしれないし、ゆっくりするといいよ。補ったパーツの調整もあるしね」

ゆっくりでいい。

それでいいと思った。

根拠はないが、そう思った。


穏やかな生活がはじまる。

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