番外地、廃ビルの近くに人形師の住まいがある。
ちんまりとした家だが、中をのぞくと、意外にたくさんの人形がある。
人形師は人形を作る。
そして、人形を使って…人をびっくりさせることが趣味だ。
アナトミーに皮膚をかぶせたような不細工なマネキンから、
フランス人形のような整った人形まで。
様々の人形に囲まれて、人形師は生活している。
人形師は初老の男だ。
大きな鞄をいつも持ち歩いている。
人形をしまうための鞄だ。
男が命じると人形はぎこちなく歩いて鞄にしまわれる。
どういう仕掛けになっているのかは、謎だ。
その人形に最近異変が起きている。
その原因は少し前から廃ビルに住み着いた何からしい。
いつも…聞こえるのだ。
「また歌が…」
人形師は忌々しそうに言った。
それは心もはちきれんばかりの崩壊の歌。
崩壊を望む歌。
人形師は歌が聞こえると身体の耳と心の耳を閉ざす。
しかし…
「ジェームス…」
ジェームスと呼ばれた人形は、相撲取りのように膨れてしまっている。
人形は耳を閉ざすことができない。
だからこうして強い思いを身体に閉じ込めてしまうのだ。
ジェームスの他にも膨れている人形がある。
「螺子から思いを抜かないとな…近々螺子師の所に行こうな」
人形師は人形に語り掛けた。
人形は当然答えなかったが、苦しそうに頷いたようにも見えた。
今日もまた歌が聞こえる。
人形師は耳を閉ざした。
その日、人形師の所へ訪ねてきた客は耳を閉ざさなかった。
「平気なのか?」
「何がですか?」
人形師は唇の動きで、この客…羅刹という男の言葉を読んだ。
「崩壊の歌だ。心がはちきれないか?」
「いえ…平気です。何だか懐かしい感じがするくらいです」
「そうか…」
そういうやつもいるのだなと人形師は納得した。
人形師は今日も人をびっくりさせる研究を…したいのだができない。
歌がそれを邪魔しているのだ。
人形師はひっそりと、廃ビルの傍で歌がなくなる日を待っている。