斜陽街には浮浪者がいる。
何人いるかは把握されていない。
浮浪者は自分である証を失った者。
誰でもない者だ。
電網系などが斜陽街に来ると、時々情報を盗まれることがある。
浮浪者はその情報を使って、誰か別の自分になりすまそうとしているのだ。
ただ、浮浪者達に大した技術があるかというとそうでもないので、
今の所なりすますのに成功した例は聞かない。
或いは気付かれないだけで、もうなりすましがいっぱいいるのかもしれない。
「電網系が一番楽だね」
ある浮浪者はそう言う。
「自分である証が少ないからね」
「俺は誰かになりたいんだ」
「このまま誰でもないまま死んでいくなんて嫌だ」
浮浪者は悲痛にそう言う。
「誰かになりたい。生きた証が欲しい」
たとえば、浮浪者が一人、情報を盗んでなりすますことが出来た。
そうすると、情報を盗まれた者は新しい浮浪者になる。
浮浪者はいつでも情報を狙っている。
悲痛に叫ぶ浮浪者だって、情けをかけようものならたちまち情報を奪われる。
叫ぶそれは本音なのかもしれない。
その本音だって信用できない。
あまり浮浪者に近づくものではない。
「かわいそうと思うなら情報をくれよ…」
路地裏からそんな声が聞こえたら要注意だ。
その声は男とも女とも区別がつかず、
若いのか老いているのかも区別がつかないという。
「なぁ、あんた情報に満ちているだろ?少しくらいあんたの情報をくれよ…」
ここで情報を与えると、貴重な情報まで持っていかれる。
彼等は情報に飢えている。
誰かになりたくてしょうがないのだ。
浮浪者は今日も路地裏からカモを狙っている。
鈍そうなやつ、情けをかけそうなやつ。
善人が狙われる。電網系が狙われる。
斜陽街を歩く時は、くれぐれも注意しよう。