羅刹と名乗る男が斜陽街に現れ出したのは、最近のことだ。
黒のスーツにサングラス。
髪も黒で短い。
身長はあまり高くない。
手にはいつも漆黒のボウガンが持たれている。
噂では彼は殺し屋をしているらしい。
はじめて目撃されたのは扉屋。
扉屋の主人が覚えていた。
とある木製の扉から、全身血まみれの羅刹が出てきた。
扉屋の主人は驚くことなく、斜陽街の洗い屋を紹介した。
何でも洗ってくれる店だ。
それ以来、扉屋を経由してどこかに行っては、血まみれになって斜陽街に来る彼の姿が度々目撃されている。
「僕は殺意を現実に変えているだけなんだ」
羅刹は言う。
これは斜陽街一番街のバーで、夜羽と酒屋がいる時の会話だ。
「二目と見れないくらい醜く死んで欲しい、そう願えば僕が叶える。いっそ一思いに殺して欲しい、そう願えば僕が叶える…それなりの代償をもらってね」
「代償?」
夜羽が尋ねる。
「生きる気力」
羅刹は酒をあおる。
「僕は生きる気力を食って生きている鬼なんだ…」
「思いを糧にしとるんやな…」
酒屋もウォッカをぐいっとあおった。
「気力を失った人間はどうなるんですか?」
夜羽が尋ねる。
妄想屋の職業癖のようなものだ。
「生きることに何の意味も持てなくなる。死ぬかもしれないね」
羅刹はあっさり言う。
「死…ですか」
ありうるでしょうね…と言い、夜羽は黙った。
酒屋はもう一杯のウォッカをあおった。
羅刹がまた酒をあおって話す。
「僕は斜陽街に呼ばれた気がして来た…」
「呼ばれた?誰にや」
「わからない…わからないけれど」
羅刹は首を振った。
「人間だった頃の…思い出が呼んでいる気がしたんだ」
「そうかぁ…」
酒屋が妙になっとくし、
夜羽が言う。
「思い出があるうちはどんなに異形になっても人間だと僕は思うんです…うまく説明できませんけど…」
「…生きる気力を糧としても?」
「鬼にはなりきれていない気がしますよ」
夜羽は唇で微笑み、
羅刹は暗くない溜息をついた。
「この街はあなたを歓迎していますよ」
夜羽が微笑む。酒屋がニッと笑う。
羅刹はサングラスを取って笑った。
少し幼い顔つきだった。