音に関することなら音屋の右に出るものはいない。
音屋は斜陽街一番街にある小さな店だ。
薄い硝子扉を開けると溢れ出る音、音、音。
ただの空気の震えのはずの音が、そのまま身体を揺さ振り、突き抜けていくような感じだ。
この音が硝子扉から一切漏れていないのは、斜陽街のちょっとした不思議になっている。
年老いた店主が一人、スピーカーだらけの店の奥で目を閉じて音に浸っている。
客が来た場合…この音の波では気がつかないかと思われるが、
ちゃんと気がつくあたり、客の足音と音の波の区別がついているのかもしれない。
店主は客に気がつくと、手元にあったホワイトボードにまずはこう書く。
『いらっしゃいませ』
そして、客にもう一つのホワイトボードを示す。
これで会話しろということらしい。
『音に関することなら、当店で揃わないものはありません』
よほど自信があるらしい。
小さな店内だが、探しているものを伝えれば、店の奥から探して出てくるらしい。
これでいて、倉庫は結構広いようだ。
『例外はあります』
と、店主は書く。
『音以外のものが入ってしまったものは、ここでは扱っていません』
例えば?と、たずねる。
『例えば妄想屋のテープ。あれはごく希に音声以外が入っています』
ホワイトボードを示し、消す。
『それから最近では半身の入ったオルゴールというのもありました。』
再びホワイトボードを示し、また消す。
『どちらも音以外のものが入っているので当店では扱っておりません』
ホワイトボードを消し、ちょっと考え、また書く。
『音以外のものが入った物は、ここに帰ってくることはありません』
『音屋という店自体が受け付けないのです』
店主は丸い眼鏡の底で目をシパシパさせた。
『そういう例外もありますが、ひとつ、音屋をごひいきに』
そう書くと、店主は皺っぽい顔をくしゃっとさせて笑った。