これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。
男はミルク色の霧に倒れていた。
遠近感がわからない。
ああそうだ、眼球も片方しかないんだった…
そう思い出すのにひどく時間がかかった。
男はここに来る際、身体だけ半分、かの場所に残してきた。
今自分は半分しかない。
…記憶も…大半残してきたんだった…
今自分が何者なのかわからない。
不安はなかった。
とうとう辿り着いたと思っていた。
意識を失う前、人影を見た気がした…
温かい場所で覚醒した。
どうやらここは液体のようだ。
苦しくはない。
「…足りない…を補って…」
なんだか声に安心出来た。
ぼんやりと外が見える。
白い影がせわしなく動いていた。
「あ…目が覚めた…」
影が近づいてきた。
「大丈夫…足りないところは…補って…あげるから」
安心したらまた眠くなった…
再び目を覚ましたのはベッドの上だった。
ベッド…このくらいは覚えているらしい。
ベッド…天井…水差し…手…
目で追える物を復習する。
ふと、左手に違和感。
左手は金属に覆われていた。
手を開いて閉じる動きをする。
ウィーン、という音がする。
義手…という言葉が閃いた。
思っていた義手より、どうも機械的だ。
記憶にはマネキンのような義手があった。
取り合えず動きを確かめる。
水差しを取ってみようと思った。
手を伸ばし、握る。
距離が足りなく、空を掴んだ。
そういえば目の焦点が合いにくい。
片目ずつ開く。
左眼を開くとき、違和感。
右手で触れてみる。
金属の触感。
どうやらこちらは義眼らしい。
窓から風が入ってきた。
窓の外はぼんやりとしたミルク色の霧。
義眼で見るそれは、ここに来た最初に見たものと同じだった。
まだ馴染まないようだ。
『とうとう辿り着いた』
男は意識を失う前にそう思った。
自分は何を求めてここに来たのか。
男は思い出そうとした。
入り口から、ノック。
入ってきた人物が、答えをくれるような気がした。