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第12話 月

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。


あるテラコッタ色の屋根の街にアキという少女がいた。

アキは快活な少女だった。

太陽のようだと思われていた。

でも、アキ自身は月の光を好んだ。


アキは悩みがあると教会の裏にやってきた。

教会の裏は滅多に誰も通らない。

だから教会の裏でアキはよく泣いた。

誰にも気付かれないように、泣いた。


アキはイチロウが好きだった。

イチロウはバンドのヴォーカルだ。

アキは同じバンドのキーボードだ。

イチロウには妻がいる。

ナナという。

だからアキはこの想いをしまうことにした。

それでも耐えられなくなって、笑顔が作れなくなると、

教会の裏でまた泣いた。


ある月の美しい晩…

アキはまた教会の裏庭にいた。

ぼうぼうとした雑草さえ、月明かりの下ではきれいだった。

「僕はきれいになれるのかな…」

アキは呟いた。

きれいになれてもイチロウは自分の物にならない。

それはわかっている。

わかっているから寂しかった。


アキはこの街に来る前の記憶がない。

過去なんて関係ない、大切なのは未来だと諭してくれたのはイチロウだった。

何かがごっそり抜け落ちた場所が、少し埋まった気がした。

それ以来アキはイチロウを追っている。

自分の物にならないとわかっていて追っている。


「まるで月を欲しがっているようだ…」

アキはそう呟くと溜息をついた。

「何欲しがってるって?」

突然の声。

アキはびっくりして立ち上がった。

教会の裏庭への入り口、そこには同じバンドのギタリスト・キリエがいた。

アキの良き友人だ。

「何やってんだよ、こんなとこで」

「別に…」

「泣いてたのか?」

「!」

月明かりの下でもわかるくらい目元が腫れていたんだろうか?

涙のあとが残っていたのだろうか?

アキは慌てて目元をごしごしとやる。

「冗談だ」

キリエはそういって笑った。

アキもつられて少し笑った。

だからアキは知らない。

キリエが月明かりの下のアキに見惚れていたこと。


それは月だけが知っている…

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