扉屋という店が番外地で営業している。
皺の深い老人が一人で扉を作って売っている。
その扉屋に言わせると…
神はワシに命じた。
千の扉を作れ、と。
ワシは命じられるままに扉を作った。
しかしそれでは足りなかった。
扉は開かれ閉じることで初めて機能する。
扉は開かれた瞬間から、別の空間を繋ぎ出す…
扉は作った者以外が開くことにより新しい世界に繋がる。
よって、この店の多くの扉は異世界に繋がっているらしい。
老人は扉を作りながら、扉を開いてくれる客を待っている。
その所為か、老人には妙な勘が備わった。
ある半分の男が重そうな鋼鉄の扉を開いた。
心地よい風が扉の中から吹き、老人が彫っていた扉のおがくずを飛ばしていった。
若い緑の匂いがした。
男はふらふらと中に入ると扉を閉めた。
老人は思った。
この男は戻ってくる…と。
またある男がガラスの扉を開いた。
風とともに雨の匂いが吹き込んできた。
男は扉の中に何か見付けると、扉を開けたまま駆けていってしまった。
老人は思った。
この男は戻ってくるまい…
老人は扉の中に入っていった者が戻ってくるかどうかがわかるようになっていた。
言うことは少ないので、その勘の存在を知る者は少ない。
「がんばっとるー?」
ずかずかと上がり込んできたのは酒屋の主人だ。
この扉屋の非常口が、斜陽街番外地を歩くのには近道になった良いのだそうだ。
「…また開きっぱなしがあるなぁ…」
そう言うと酒屋の主人は青い扉を閉めた。
老人は黙って鑿を振るう。
「今回はどないや?」
「…戻ってくるまい…」
「そっか…」
酒屋はちょっと寂しそうに青い扉を見ると、「そいじゃ」と非常口から出ていった。
今日も老人は扉を作る。
異世界に繋がる扉に囲まれて…