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120.ストゥルミル村とトマト


 さて冬になる前に行って様子を見ておきたい村があった。


「シエル。ストゥルミル村に行こうと思う」

「はいっ。覚悟は、できています」


 シエルの故郷だ。

 トマトの収穫が年々減少しているという話を聞いた。

 原因はたぶんあれだろう。

 手紙だけという訳にもいかないし、シエルは一回、両親と会ったほうがいい。

 なにせ売られるところを逃げてきたのだ。

 すでに送金してお金を払っているとはいえ、わだかまりはよくない。


 それにまだ六歳だ。

 たまには両親に会いたいだろう。

 そういえば俺の母親どうしてるんだろう。

 幸い自分は転生者なので精神的には大人で別にそれほど恋しくはない。


「出発っ!」


 定期運行馬車というものが王都からトライエ市の間を走っている。

 少しなら荷物も載せられるがメインは人間だ。

 当然としてエルダニアを通るのでそこから料金を払って馬車に相乗りさせてもらう。


 この定期馬車の人にもエルダニアが復活して領主館ホテルに泊まれるようになったので、感謝された。


 今回もマークさんのおまけつきだ。

 彼は結構旅好きと見る。

 本当はラプンツェル三姉妹も行きたがったのだけど、定員オーバーなのでお留守だ。

 そのまま途中バレル町を経由してトライエ市まで四日の旅となった。


「わーい。トライエだぁ」


 ミーニャが馬車の荷台から前を見てはしゃぐ。かわいい。

 自分の家に一泊するついでに喫茶店エルフィールと従業員の様子を見てから、レンタル馬車を手配してストゥルミル村へと旅立った。


 トライエ市の西門。こちら側を利用するのははじめてだ。

 このまま街道を進むとドラクシア町を経由してマドルド王国へと続く。

 だが俺たちはすぐに右折をしてヘルホルン山の西砦のルートへと進んだ。


 この西砦ルートはいわゆる裏街道で結構な山道なので往来はほとんどない。

 その山に入る手前にストゥルミル村があった。


「今日もスープおいちっ」

「美味しいですね」

「うまうま、みゃう」


 とまあスープを飲んだりして食事をし野営をして、なんとか馬車で進むこと三日。

 夜警は子供たちで順番にこなした。

 もちろん半分はマークさんに頼ってしまったがしょうがない。


 ストゥルミル村に到着。

 街道を分断するように村がある。木の柵に囲まれていた。

 木では防御力に難があるけれど何もないよりはマシだろう。

 この辺でもゴブリンやウルフが出る。

 周りは西の森と呼んでいるエリアだった。


 村の入口に門番がいたので挨拶する。


「あっ、お前、シエル」

「どうも、ライドルさんたちこんにちは」

「逃げたんだろ。なんで戻ってきた」

「え、その、トマトの収穫が減っていると話したら、心当たりがあるって」

「本当か。そりゃあ助かる。どうぞ、中へ」


 シエルはさすがに知り合いだった。

 小さい村なので全員知らない人なんていないのだろう。


 一番大きな家の前に馬車を止める。

 もっとも家以外であれば近くの教会とセブンセブン商会を兼ねた建物のほうが大きい。

 ここがシエルの家だ。村長の家だと聞いたことがあるから。


「すみません」

「あら、シエルちゃん。お父さん、シエルちゃんが戻ってきたわよ。お父さんっ」


 奥からお父さんだろう人が出てくる。

 シエルが第一子らしいので、村長としては若い感じだった。


「すみませんわざわざ。うちの子がご迷惑を」

「いえ、迷惑だなんて。色々助かっています」


 俺たちは慢性的に労働者不足なので、小さいシエルであってもいないよりいてくれたほうが助かる。


「まずは畑を見せてもらえますか」

「いいですよ」


 すでにすべて収穫が終わっていて空き地になっていた。

 まだトマトの枯れた枝がそのまま残っている。


 この状態ではよしあしは分からないが、ふむ。


「それで近年、収穫が減っていると」

「はい。トマトが儲かると分かって、ここ十年で麦畑の八割をトマト畑に変更しました」

「それで」

「最初はよかったのですが次第に収穫量が減ってきていまして、今では御覧のあり様です」

「ふむふむ」

「すでにお金はほとんど底をつきました。シエルを売らなければならなかったくらい」

「そうですね」


 シエルに視線を向けてみるが、ちょっとうつむいてしまった。

 あのときを思い出しているのだろう。


「逃げられてお金は貰えなくなってしまいましたが、シエル名義で送金されてきたときはびっくりしました」

「まあ、そうでしょう。別にあのお金でシエルを買ったつもりではないので、念のため」

「そうですか。これからもシエルをお側に置いてやってはもらえないでしょうか。うちでは食い扶持を稼ぐ余裕もなくて」

「シエルとは一緒にいます。その辺は大丈夫です」

「エド君……」


 さすがにシエルが涙ぐむ。

 大丈夫。シエルちゃんはもううちの子だからね。


「それではっきり言います。連作障害ですね。トマトって毎年同じ土地に植えると、収穫量が減る性質があるんです」

「なんとっ」


 やはり知らなかったらしい。


「畑の八割がトマト畑なんて無茶ですね。半分にしてトマト畑と麦畑を交互に使う、というのがいいかと思います」

「交互ですか。なるほど」

「できれば、四年ほど開けたほうがいいらしいですけど」

「ふむむむ」


 村長のおじさんが明るい顔になる。


「トマトの総収穫量は減ってしまいますが、リスクヘッジは重要です。トマト畑の収穫率が上がって残りは麦の収入で支えるんです。トマトが夏雨などで全滅しても麦は残りますから」

「確かにそうだな、うん」


 この村はトマトに頼りすぎだったのだ。

 もっと色々植えたほうがいいとアドバイスした。


 シエルの両親である村長の家に一泊する。

 乾燥トマトを使った料理などが出てとても美味しかった。

 トマトスープも出てきた。秋のキノコも入っていてうまい。

 貧しいながらも、せめてもの料理なのだろう。


 翌日、俺たちは目的を達成したので帰ることにした。

 シエルのため数日居てもいいけど、ちょっとすでに疎外感があるのか居心地が悪そうにしていたので、別にいいだろう。

 シエルはもう家族ではあっても別々に暮らしていく覚悟はとっくにできていたのだ。


「パパ、ママ、行ってきます」

「いってらっしゃい、シエル。その……奴隷として売ろうとしてごめんね」

「ううん、今はもういいの。幸せだから」

「じゃあね。また」

「はいっ、ばいばいですみゃう」


 今回はちゃんと両親との別れも済ませて、俺たちはエルダニアに戻った。

 これで俺の中の残予定リストから用事がひとつ減った。いい感じだ。


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