九月。この世界に旧暦というものがあるかどうは知らない。
とりあえず、九月にある月が満月の日を十五夜ということにしよう。
ちなみに少なくともこの国では一年は十二か月で太陽暦だ。
太陰暦ではないので、月齢は日にちと一致しない。
ということで中秋の名月だ。
「それでね、次の満月を十五夜っていうんだ。お月様は新月から数えて十五日目に満月になるから。特に秋の月は大きくて、空気が澄んでるから綺麗に見れるらしいよ」
「へぇ」
今日がおそらく満月なのは毎日月を観察しているのであっていると思う。
夜になる前にいろいろと準備をしよう。
まずその辺に生えているススキを取ってきた。
これはお飾りに使う。
それから小麦と水を練ったものを丸めて、お団子にする。
これを魔道コンロだとちょっと微妙なので、七輪と非常用の炭を使って焼いていく。
魔石で動く魔道コンロには火はいらない。しかし壊れると動かなくなってしまう。
また魔石の値段が急騰したりすると困る。
そのため、一応だが領主館には炭と七輪が保管されている。
炭でなくても廃材なども使えるし。
「お団子♪ お団子♪ 美味しいにゃあ♪」
「そうそう」
ミーニャが楽しそうにお団子のお歌を歌っていた。
俺はそれを聞きながら、小麦団子を丸めてお湯に投入していく。
以前に小麦のヨモギ団子を作ったと思う。
これは月に見立てたものなので月見団子、黄色くするならキビ団子などが使われると思う。
ここにはキビはない、わけではないが入手するのが手間なので、白い小麦団子でいいとする。
アイテムボックスから桃を出して左右にお供えする。
リンゴやブドウももう少し取っておけばよかった。全部金貨にするためにジャムにしてしまったので。
さて、お団子がゆで終わったので、これをピラミッド状に積んで中央にお供えする。
それから事前に用意してあるドワーフのベギダリルさん謹製、小型の置き鏡を設置。
これは銀の鏡で結構高い。
よし、それっぽいものが完成した。
「エド君、なかなか風流なことしているね。エルフにも月を眺める風習はあるんだ」
「へぇ、ギードさんちも、そういうことするんですね」
「まあね。採ってきた穀物、果物などたくさんの種類をお供えしてね。エルフは森の採集民族だった名残だね」
「なるほどねえ」
さて見るお月見の準備はできた。
でも腹ペコ妖精さんたちは『色気より食い気』なので、何か食べるものを用意しよう。
お団子のあまりの麦団子の生地に、この前の桃のあまりを砂糖と煮込んでジャムにしたものがある。
この桃ジャムをお団子で包んで、楕円形にして、ハサミで耳、それからゴマで目をつけたら完成。
「――ウサギ餅でーす」
「わわ、かわいいっ」
「ほんとう、器用ですね」
「こういうの好きみゃう」
かわいいと美味しいは女の子に人気だ。
SNSとかはもちろんないが『映える』ものは好きなのだろう。
さて夜になった。
領主館の周りは果実園と薬草園、それから畑がある。
かなり虫さんも棲んでいるようで、ジージージー、リンリンリンと虫の声が聞こえる。
ブーオ、ブーオ、ブーオ。
「この声は何の声なの?」
「これはウシガエルだね」
この世界にも大型のカエルもいるらしい。
以前、池にいたオタマジャクシは小さかったので違う種類なのだろう。
ウシガエルなら食用にもなる。
月がいくぶんか登ってきていて、斜めに見える。
そういえばここは北半球らしい。
東から登って西に移動するのは南北共通だけど、南側を通過するから。
天気は快晴ではないけど、雲がポツポツ浮かんでいる。
南側に大きな黄色いまんまるの月が浮かんでいる。
その月明りに雲が照らされているので、雲があるのがわかるのだ。
地面も照明がなくても月明りで十分歩けるくらい明るい。
「明るいね」
「おう、お月様、さまさまだね」
「綺麗だわ」
「みゃうう」
人間を含む哺乳類は祖先がネズミ系で夜行性だった名残らしく普通の視力以外に夜間の視力が高いらしい。
人間には色を感知する細胞が赤、青、緑の三色あるけれど、これとは別に弱い光を感知する、夜間用の細胞があるとか。
この夜間用の光を感知する細胞は色の識別はできないので、夜は全体的に紺色みたいな感じのグレースケールで見えるというわけ。
なおこの世界の人間と獣人ちゃんたちがどのような視力を持っているかは謎だったりする。
特にエルフは全体的に視力も高い。
そして獣人は夜目が利く。
逆に鳥の獣人とかは鳥目だという噂だけど。
月が綺麗でありますな。
年に一回くらいは、平和にこうして月を眺めて風流にするのも悪くはない。
少し涼しくなった風がときおり吹き抜けていく。
いやぁ秋ですな。
今日は珍しく後ろでギードさんとメルンさんもワインで乾杯している。
「秋の名月に乾杯」
「にゃあ」
「はい」
「みゃう」
子供たちは今日も元気だ。