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99.エレノア様襲来


 ラニアと喫茶店エルフィールの当番の日。

 まだ開店直後でお客さんは誰もない。


「エド君、いたいた! エド君ぅぅん」


 犬みたいにくぅーんと伸ばして現れたのは、領主様の次女エレノア様だった。

 ドアを開けて一人で入ってきたので、バタンと閉める。

 ピンク髪のツインテールで、俺たちと同じ六歳だ。


「エレノア様、護衛すら連れないで、どうしたんですか」

「あの子たち遅いんですもの、ほんと困りますわね」


 ほっぺに手をやる仕草はかわいいが、ようはお転婆娘ということだ。


 エレノア様から遅れてすぐ、ドアを勢いよく開けて入ってきた。


「し、失礼いたします」


 騎士団の女の子が三人。

 鎧姿だけどミニスカートでどこかかわいらしい。

 いわゆるドレスアーマーと言われたりするタイプだ。

 鎧は銀色で真っ赤なスカートはタック多めのひらひらだった。

 ただしお姫様用とは違い、装飾そのものは少なめで実用性重視だとわかる。

 あと胸鎧が膨らんでいて男性用とはフォルムがだいぶ違う。


 そっか、女の子の護衛には女騎士が務めるんだね。

 そうだよね。女子トイレとか下着売り場とか男だと入りづらいし。


「それでエレノア様、どうしたんですかこんな場末ばすえに」

「場末だなんて。素敵な喫茶店を始めたって聞いて、飛んできたんですのよ」

「ありがとうございます。褒めていただいて」

「いいのですわ。それから午前中は女の子を連れて小学校とかいう場所に行っているとか」

「はい。ラニエルダ青空小学校ですね」

「私も通いたいと言ったのに『そんな低俗な学校に行ってはいけない』と言われてしまいましたのよ」

「そうですか。ほんの初心者向けの学校ですから、家庭教師がいるのならいらないでしょう。それにスラム街ですよ、あそこ」

「う、そうね。正論で言われたら言い返せないではないですの」


 はぁって両手を広げて「ありえない」ってポーズをする。


「まあ、許してください」

「はい。許しますわ。エド君、それで、おいしい飲み物をください」

「そうですね。外は暑いですしアイスでいいですよね」

「そうね」

「メニューはそこですので選んでください。クッキーと付け合わせのジャム、それかお昼がまだなら豆ランチなら出せますけど」

「お昼は食べてきたの。そうね、これ、タンポポコーヒーっていうのください」


 アイスタンポポコーヒーを出す。


「ふぅん、少し香ばしいような、ちょっと独特の苦みがあって、おいしい」

「ありがとうございます」

「あのですわね。なんというか、その(ごにょごにょ)……」


「なんですか? 聞こえません」


「もっと、その、敬語なんてやめてくださいまし。他人行儀みたいで、イヤなの」

「そうですか? じゃあ、もう少しフランクな感じにさせてもらうよ?」

「そう、それでいいのよ。エド君」


 俺のほうを見て微笑んでくれるエレノア様。


 なんだかこっちはやりにくいんだけど。

 調子が狂うというか、偉い人がこんなところでコーヒーを呑気に飲んでいる。


「失礼しますじゃ」


 そこへ、ああ、おじいちゃん。

 司祭様がやってきた。

 こちらはいつも連れている女子三人組もちゃんとついてきている。


「どうして司祭様が」


 エレノア様も少し驚いている。


「それはワシの台詞ですぞ、エレノア様」

「まあ、なんでですの」

「エレノア様が護衛を引き離して走っていったと聞いて、わしも飛んできたのですじゃ」

「まぁ」

「まったく、お淑やかだった性格はどこへ置いてきたのか」

「いいんですの」

「さようですか」


 ふむ。この二人そこそこ親しいのかな。

 普通に会話している。

 まあそうだろうな、とは思う。

 なんたって街の有力者同士だから食事会とか会合とかで顔ぐらい合わせるのだろう。


 司祭様もアイスコーヒーをご注文だ。

 しばらく二人の会話が続いたのを俺とラニアで見守る。


 コーヒーは少しだけ高いので、護衛の女騎士さんとお付きの人にはアイスの健康茶を順番に出して歩く。


「それで、それですよ。健康茶? とかいう」

「これですか? エレノア様」

「そうよエド君。なんだか最近下町で流行っているって噂で。でも貴族には紅茶があるから要らないわねって笑い飛ばしているのを聞いて私、癪に障って……」


 そうか俺が健康茶を扱っているとご存じのようだ。

 エレノア様が少し悔しそうにニッてする。

 そんな顔も俺たちから見たらかわいらしいが。


「紅茶は紅茶で素晴らしいと僕も思うよ。健康茶も負けてはいないけど、ジャンルが違うので比較してもしょうがないと思うんだ」

「そうね。エド君のほうが大人だわ。えらいですわ」

「いえ」


 エレノア様が今度はアイス健康茶も欲しいというので出す。


「ところで護衛はみんな三人なのかな? パレードも三人組の騎士が三列だったけど」

「よく見てるのですね。スリーマンセルっていうの。シルリエット説明して」


 女騎士さんの隊長らしい人がシルリエットさんのようだ。

 血の薄いハーフエルフさんなのか耳がわずかに尖っていて肌も白い。

 髪の毛は黄色が混じった薄い茶色。

 年齢は十八歳ぐらいに見える。


 ちなみにこの世界では十二歳までに一般人は就職なり仕事につく。

 貴族や裕福な家庭の子は十二歳になると高等学校へ進んで十五歳で卒業だ。

 小学校はあったりなかったり他に塾みたいな感じのものがある。

 トライエ市内にも小学校はあるんだけど上級市民向けしかない。


「はい、エレノアお嬢様。三人一組をスリーマンセルといいます。敵を発見したものが盾を、次のものが剣になり、残り一人が伝令を伝えに戻ります。だから三人なのです」

「なるほど」


「そういえばパレードよかったですよ。エレノア様」

「まぁ、ありがとう。手を振り返してくれていたのは見えていたわ。私こそ、ありがとうですわ」

「どういたしまして」

「ふふ。こういうこと少ないからなんだか恥ずかしいわね」

「そうですね」


 その後、俺は女騎士さんたちがパレードに出ていないことを質問した。


 どうやら女騎士は少人数で全員が近衛騎士団に所属している。

 それ以外の騎士団所属の女の子はいなくて「女子魔法部隊にでも入っていろ」というのが騎士団の多数派の言い分らしい。

 そのため一般兵団へ入った女子の精鋭や貴族籍の女の子が近衛所属に選抜されて任命される。

 特殊なルートだと武装メイド上がりの子もいるそうだ。


 基本的には近衛騎士は護衛なのでパレードには参加しない。

 正規の騎士団は「女騎士のミニスカートでなんて恥ずかしくて戦えまい」と下に見ているため花になるとしても女騎士のパレード参加は認めないそうだ。

 パレードのリーダーを務めたビーエストさんはそんな古い考えに異を唱える参加容認派であったそうだが、古参兵ほど頑なに拒否したため今回は流れたらしい。


「まあ、なんというかいろいろあるんですね」

「あはは、ええ」


 シルリエットさんが苦笑気味に笑ってくれる。

 この人も少し苦労してそうだ。顔はかわいいけど。


「ちょっとエド君。シルリエットとばかり話して」

「おっとエレノア様、すみません。熱中してしまって」

「そんなに女の子の騎士が好きなの?」

「いえ、そういう訳ではないんだけど、カッコイイよね、女騎士って」


「「きゃっきゃ」」


「まぁそうだけど……(私だって、戦えるのに)」


 俺が褒めると、女騎士の子たちはちょっとうれしそうだった。

 お堅い騎士様かと思っていたけど、真面目なだけで女の子なんだなぁ。


 エレノア様は少しぶつぶつ「私だって、私のほうが」とか言っている。

 百面相をしているので面白い。


「おっほん。仲がよろしいようで、結構ですじゃ」


 そういえば司祭様もいたんだった。忘れていた。

 ニコニコして俺たちのほう見ているから機嫌はよさそうだけど、びっくりした。


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