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96.トングとドワーフ


 さて思いついたことがある。

 普段スプーンを作っているのだけど、それを組み合わせてトングはどうだろうか。

 現時点でこの世界では見たことがない。


 反対側はフォークだからフォークも欲しいんだけど。

 木でフォークというのもなくはない。

 しかし細い先を作るとどうしても耐久性に問題がある。


 どこへ掛け合えばいいか、ちょっと考えてみる。

 ドリドンさん、ではないと思う。

 ラファリエ教会司祭バイエルンさん。悪くはないが黒い影がちらつく。借りは作りたくない。

 ビエルシーラ商店。悪くはない。

 冒険者ギルド。ハーフエルフのミクラシアさん。悪くはない。

 ダークホース。商業ギルド。まだ親しい人がいない。


 そうだな、うーん。まずミクラシアさんに話を持っていこう。


 別に俺だけいればいいか。

 珍しくソロだ。と思ったんだけど。


「ミーニャも行く、絶対!」


 そうか今日はミーニャが非番だったか。


「エルフのミクラシアさんのところなんだけど、いきたい?」

「行きたくない……行くぅぅ、いくのぉ」


 ミーニャは少しミクラシアさんが苦手だ。

 じっと憧れの視線で見つめてくるので。

 別に嫌いではないのだろうけど、ちょっと怖いのだろう。

 ファンみたいなものだが、気持ちはわからんでもない。


 冒険者ギルドへ向かう。


「すみません」

「あ、はい。ミーニャ様! ようこそ冒険者ギルドへ」

「あの、金属加工職人の紹介ってできますか?」

「え、あ、はい。もちろんですよ。鍛冶職人ですよね?」

「鍛冶、うーん、まあそうです」

「すぐに一筆書きますね!」


 ふむ。エルフさんは最近仕事が素早い。


 簡易手書き地図と紹介状を出してもらった。

 紹介状の名義はミクラシアさんだ。


「ドワーフのおじさんなんですけど、腕は確かです」

「あ、はい。ありがとうございます」


 エルフとドワーフって仲が悪いってたまに見るけれど、実はお互いをリスペクトしてて認めてるらしいんだ。

 ただ相手を認めてる分、お互い主張はするので衝突してるように見えるだけで。


 地図を見る。西地区だな。


 西も西、西門近く。

 こっちはあまりこないので、よく知らない。


 歩いてみると職人街のようだ。


 ミーニャはご機嫌で俺に腕を絡ませて歩いている。

 前は手を握っていればよかったのに、どこでそういう情報仕入れてくるのやら。

 腕を組んでご満悦だ。


 きょろきょろして周りを見る。


 道を一本入ると迷子になりそうだ。


 慎重にランドマークの角の店の名前を確認して、路地へ入る。


 角から四軒目、ここだ。


「ベギダリル鍛冶店」


 看板はないか。

 表札は出ている。金属板にベギダリルとだけ刻印されていた。

 ここだ。


「すみません」

「あっ、ごめんください」


 ミーニャも挨拶をして中を窺う。


「誰じゃ、子供の声だったが」

「あ、はい。俺、元ラニエルダ民のエドっていうんですけど」

「エド君ね、そっちは?」

「ミーニャ」

「ほう、なかなか見ない綺麗なエルフじゃの」

「えへへ」


 ミーニャが褒められてニコッて笑う。


「うむ。素晴らしい澄んだ心を持っているようじゃ。綺麗な心は大切にするといい」

「ありがとう、おじさん」

「おおう! それでなんじゃ」


「あ、はい。トングという道具を思いつきまして」


 まあ前世知識だが。

 この世界では見たことがないので。

 パスタを調理したりするときに便利だし。


 紹介状を出す。


「あぁミクラシア嬢ね。あのエルフっ子か、よいよい」


 絵に描いてきたものを見せる。


「ふむ。なるほどここを薄い金属で作ってバネみたいにするんじゃな」

「そうです。理解が早くて助かります」

「まぁ伊達に何年も鍛冶屋なんてやってないわい」

「すごいですね」

「ははは」


 スプーンの加工も金属でもできる。

 でもそれだと俺たちの出番はない。


 スプーンの部分だけ木工にしてフォークとバネを金属で作る。

 金属加工のほうが高いので、これでも値段が少し下げられるそうだ。

 接合部には釘を一本打てるように細工してあって、それで固定する。


「なに、ちょっとやってみるか。スプーンはあるんかい?」

「あ、はい。一応これです」


 普段使っているのまんまなんだけど、持ってきてはいる。


「ふむ。まぁまぁの細工物だな」

「ありがとうございます」

「おい、これ作ったナイフ見せてみ」


「はい」


 俺はミスリルの細工ナイフを出した。


「ほほーん。これエルフ王家とかで使ってる親愛のナイフじゃろ」

「みたいですね」

「なにもんなんじゃ」

「さぁ、家を空けてる母のもので」

「そうか母親の。このナイフ、大切にしなさい」

「はい」

「あっそうそう。武器もあるか? 研いでやろう。ナイフも軽い調整だけしてやる」


 武器の剣、それからミスリルのナイフを預ける。


 作業する間、一人弟子がいてその人に地金を用意するように言っていた。


「ミスリルを研ぐのは久しぶりじゃの」


 楽しそうに作業に入ってしまった。


 研ぐだけなので回転砥石と仕上げ用の手作業の砥石でささっとものの十分くらいだったろうか。


「どうじゃ。ミスリルだから年一回くらいでいいんじゃが、研いだほうがいい」

「ありがとうございます」

「こっちの魔法付与の剣もすぐやる」


 宣言した通りこちらもすぐ終わった。

 俺のクイックカッターの輝きが前と違う。


「こっちはちょっと研ぎが甘かったから、しっかりやっておいたぞ」

「ありがとうございます」


「で、なんだっけ。そうそう、トングだったか」

「はい」


「あの師匠、地金、用意できました」

「おし、やるか」


 そういうと金槌を取り出す。

 そして弟子と相槌で打ち始める。


 それはみるみるもんじゃ焼きのヘラのような形になっていく。

 反対側のスプーンを刺す金具細工を形にしていく。

 そして柄の真ん中を薄く伸ばしていき折り返す、バネの部分だ。


 最後にヘラだったものにタガネを打ち込んで、三又のフォークの形を作った。


「ほい、できた」

「えっ」


 早かった。ものの三十分くらいだろうか。


「スプーン、ん」


 スプーンを渡す。

 金属側の先端の輪っか型の金具部分にスプーンを挿入して、金槌で金具の穴に釘を打ってスプーンを固定した。


「はい、完成。どうじゃ」

「え、すごいです。できてます」

「だろ」


 それはまさしくトングだった。


 この世界にトングが誕生した瞬間であった。


 ある程度量産してもらえる契約を取り付けた。

 この商品もビエルシーラ商店に卸すことが決まった。

 ぼちぼちスプーン部分を空き時間に作って、なんとか数を揃えた。


 こうしてトングが商品として並ぶようになった。


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