家を借りるとき身辺調査があると前に触れたと思う。
うちの家主は俺になっている。
ギードさんは俺が身元保証人で、うちの居候という扱いになっている。
これでギードさんは詳しい身辺調査を免れている。
ミーニャとその母親メルンさんはギードさんが身元保証人だ。
で俺は元々は母のトマリアが身元保証人。
でもいなくなってしまったので、今はドリドンさんが身元保証人なのだ。
あのおっちゃんには実はお世話になっている。
だからこれくらいの家が借りられる。
俺本人のギルドでの取引記録も悪くないし、素行調査も問題ない。
というふうになっているのだ。
ギードさん一家がエルフでちょっと訳アリなのは、ギルド長などは知っているはずだ。
さすがにバレていないとは思っていない。
前は何とも思っていなかったが、ティターニア聖国のサルバトリア公爵その人だと判明したので、線が一本につながった。
少し前、それは教会組織についての授業だった。
ギードさんは当事者の一人だが第三者視点で的確に状況を生徒に説明した。
ギードさんがエルフなのは一応秘密でフードをかぶっている。
人族でも金髪はいるので、別におかしくはない。
あとフードを取らない人も多い。特に年配者のハゲてる人とか。
「エルフ国の教会にはラファリエ教会とティターニア正教会があるんだ」
「そうなの?」
「うん」
ミーニャが不思議そうに聞いている。
ラファリエ教会ができたのは遥か昔のことだった。
そしてティターニア正教会ができたのも同じくらい古いとされる。
今となってはどちらが古いか判別は難しい。
エルフ国でさえよくわからないのだからヒューマンごときにわかるわけなかった。
ティターニア正教会はエルフ国のティターニア聖国に本部があり、ずっと昔はティターニアの王家も信仰していた。
ティターニア正教会ではエルフは人間よりも上の立場で人類を導く存在とされる。
ラファリエ教会はエルデベリム教国に本部があり、こちらは人間が多く信奉している。人類はみな平等がモットーだ。ただし実際には獣人は下に見られる。
我がメルリア王国も当然ラファリエ教だ。
そこで「元祖」「本家」戦争が勃発して、何度も戦闘行為をしてきた。
エルフ対人間の戦争、紛争は長く続いた。
しかし八百年前、ティターニア王家は「不毛である」と決断を下し、ラファリエ教に改宗したのだ。裏王家ももちろんこれに合わせた。
これが世にいう「教会宗派不毛宣言」なのだそうだ。
しかしパンピーのハーフエルフは自分たちが人類より上で導く存在なのだと今も信じている。
というか信じて疑わないし、そうでないと自尊心が満たされない。
そのためティターニア聖国の諸侯の多くは今でもティターニア正教会の教徒からの改宗を拒んでいる。
かれこれ八百年。ずっとエルフ国はこの国内問題を解決できていない。
サルバトリア公爵領の教会派と諸侯の正教会派は仲が悪いということだ。
それでもってトライエ市はもちろん教会派なので、当たり前だがサルバトリア公爵領ゆかりのエルフたちを情報隠蔽して保護してるのだ。
だから領主もエルフ国の諸侯からサルバトリア公爵領の逃げてきた貴族を逮捕しろと逮捕状一覧をもらっているが、全無視して知らん顔をしている。
どうせ山向こうだ。
サルバトリア公爵領の精鋭エルフ騎士団と違って山を越えてまで攻めてこないだろう。
と街では噂されている。
だからトライエ市ではエルフさんも思ったより結構いるのだが、中にはサルバトリアから逃げてきた訳アリが何人もいるらしい。
このことは市民外にはタブーである。
ここまで一般常識なのだそうだ。
なるほどスラム街にいると知らないことも多い。
ギード先生の歴史、地理、政治の話は当事者だけあって詳しくて面白い。
面白いとか言ったら悪いかもしれないが、興味がないよりはましだ。
ミーニャはあまり関心がない様子。鼻くそは今日はほじっていない。
ラニアは前傾姿勢で興味津々で目を丸くして耳を立てている。
シエルもふんふんと一応聞いてはいるが、かわいい右耳から左耳へ抜けていっていそうだ。
つまり領主、ギルド長など少数の偉い人にはギードさんたちがいるのは、黙認されているのだ。
詮索しないようにしているのだろう。知らなければなんということもない。
それなら近所さんは知ってても「俺らは知らない、わかんない」で通せる。
なかなか喧嘩売っているが、トライエ市から見たら隣のエルダニアを支援してくれた人らを保護するのは当たり前だし、逆にそれを反逆罪と言って攻めてくる人たちと仲良くする理由がない。
敵に塩を送る理由は何もなかった。
そこで街にいるエルフが教会派なのか正教会派なのかが問題になってくると。
後夜祭の終盤。
「君がゴブリンキングを倒したっていう、黒髪黒眼のエド君か」
「え、あ、はい」
「若いけど、なかなかやるようだね」
「あ、どうも、ありがとうございます。死に物狂いでしたけど、なんとか」
「謙遜もちゃんとしている。こりゃ大物になりそうだな。頑張って」
お兄さんがいきなり話しかけてきた。
この人、珍しい俺と同じ黒髪黒眼だ。
「僕はマーク・エリンドン。名誉男爵」
「あ、あの、エドです」
俺に握手を求めてきたので、応じる。
その手は確かに戦闘をしてきた人の手だった。硬い。
「あのひょっとして転生者じゃ」
「転生者かい? 聞いたことがないね」
「そうですか」
黒髪黒眼だから転生者かと思った。
どうやら違うらしい。