学校というのはスラム街とあと市内の貧しい家の子がみんな集まる。
そのため噂話を集めるのにちょうどいい。
「なあ、防壁の話」
「ああもう昨日から工事始まってるぞ」
「ラニエルダ防壁だっけ」
「そうそう」
今日の話題はラニエルダ防壁という壁の話だった。
情報の断片をつなぎ合わせるとこうだ。
領主主導でラニエルダの防壁を作ってくれるらしい。
工期は昨日から一か月ぐらいの予定。
ご予算は領主から全額出る。ラニエルダ民の負担はゼロ。
「ふーん、で?」
「あのエド君。ラニエルダは領主が黙認してるだけなので本来は統治圏外なんですよ」
「あぁそんな話もあったっけ」
ラニエルダは一応、法律上は違法建築物だ。
このへんの土地は全部領主の土地となっている。
所有権のない土地に勝手に建物を建ててはいけない。
しかし領主は黙認してくれているのでグレーということになっている。
家賃もなく市民なら必須の人頭税もない。
その代わり市内で通用する各種条例の類や保護も適用されない。
衛兵も守ってるのは門までで基本的にはラニエルダに不干渉ということになっているのだ。
エドのうんち一週間戦争が黙認されたのもその影響だった。
これが城内で暴れていれば衛兵が飛んでくるに決まっている。
ラニアがファイアボールをぶっ放しても厳重注意処分だけで済んだのも、これのおかげだ。
『なんだ今の火の玉!』
『どうした、どうした』
『すげえデカかったぞ』
ちょっとした騒ぎになって門番の衛兵がさすがに飛んできたのだ。
ラニアは説教されてしまったけど、それだけで終わった。
ラニエルダ自治会が昼間の警備と夜警を衛兵ではなく自分たちでしているのもこの不干渉の暗黙のルールによるものだ。
昼間の警備は専門の人間を雇っている。
夜警は以前の通り、手当ては出るけど住民の持ち回りで回している。
一年以上前、一度ゴブリンがラニエルダに侵入してきて大混乱になったことがある。
そのときは衛兵と冒険者が出動して事なきを得た。
しかし自治会にとっては苦い思い出となった。
ラニエルダ自治会は外側に第二城壁をずっと欲しがっていた。
領主に陳情を出したこともあるが、今までは門前払いだった。
理由はわからないが、今になって工事をしてくれるらしい。
ラニエルダの存在を事実上認めるという意味でもある。
今まで行政はラニエルダを存在していないものとして一切が認められていなかった。
ないものとして扱われていたから義務や税金も何もない。
「さて裏の事情は?」
「そんなの知りません」
「にゃーん」
「みゃぅみゃぅ」
みんな知らないらしい。
おれも知らない。
ラニエルダはテントが多い。
一応、簡易小屋が建ててあっても、今でも難民キャンプだ。
それが固定化されるのかもしれない。
もしくは新しい地区として正式に市内に取り込もうという算段の可能性もある。
市内の住宅は空き家が少なくて、手狭になっているのは家探しのときに感じた。
ラニエルダの家を立派な住宅に建て直しすれば、新しい地区の完成だ。
そうやって順々に広げてきた街はいっぱいあるらしい。
地球の中世の街でも外壁、内壁、第二防壁などに分かれてるのはそういう理由が多いとかなんとか。
学校が終わり実際に現場を見てみた。
この工区はエルトリア街道から北側へ街を囲っていくようだ。
土魔法を行使して外側の土を掘り内側へ盛り土して2メートルほどの高さに積む。
堀と合わせると4メートルぐらいだけど、堀には水が染み出していて、水面からは3メートルくらいの高さの土壁になっていた。
こういうのを日本語では
石壁よりは丈夫じゃないけど、多くの城で使われている手法だ。
ゴブリンくらいなら大丈夫だ。
ワイバーンとかになると無力だけど、そもそも空を飛んでくるのは壁で防げないのでノーカンなのだ。
オーガクラスだと危険かもしれないが、そのときは元からピンチだ。急いで逃げよう。
なるほど土木建築といっても土魔法なんだな。
作業者は休憩をはさみつつ、魔法を行使していた。
「土の精霊よ、ここに土壁を――アース・ウォール」
土がみるみる山になって、横にはいつの間にか堀ができている。
こういう勝手に動くのは魔法の神秘だ。
「石壁にはしないんですか?」
「なんだ坊主見学か? あぁ石壁魔法はコストが高いんでな。俺たちじゃすぐ魔力が枯渇しちまうんだよ。土はもとからあるからコストがずっと低いんだ」
「なるほどぉ、そこにある物と錬成するんじゃ全然違いますもんね」
「そういうこった」
なるほどそれっぽい魔法だ。
一応、戦闘用でも同じ魔法だったりする。
魔法で作った土壁は、ただ土を盛ったものよりずっと頑丈なので、大丈夫だろう。
でも石壁魔法も見てみたい。
立派な石壁がトライエ市の外側にはあるんだから、昔誰かが魔法で作ったのは間違いないのだ。
今も痛むこともなく城壁の役割を全うしている。
「お疲れ様です。レモン水どうぞ!」
「あぁ坊主、助かる」
「そちらのかたもレモン水どうぞ。冷えてます」
「ありがてぇ」
「普段は市内東地区の喫茶店エルフィールってお店で出してます。冷えてるので美味しいですよ」
「そうかい、覚えておくよ」
俺は作業員たちに冷やしたレモン水を配る。
アイテムボックスから出してるのは秘密だ。
ちゃっかりエルフィールの宣伝もしておく。
土魔法か。
俺も覚えておこうかな。
適性あるだろうか。残課題だな。
心のメモ帳に刻んでおこう。