警鐘の音がラニエルダから響いてくる。ゴブリンの侵攻だ。
これを俗にこう呼ぶ。
――ゴブリン・スタンピード。
モンスターのうちゴブリンによる暴走スタンピードだ。
俺たちは学校が終わる直前だったため、急いで準備する。
といっても戦闘職はみんな装備を持って学校に来ているので、すぐだ。
「おら、ガキンチョパーティーいるか。お前らは新東門へ」
「東門? 北門じゃないの?」
「ばーか。敵は北から攻めてきてるが、広がっている。最後尾は東門側になりそうだ」
「わかりました」
先輩冒険者だ。
というか、いつだったか俺たちの世話をしてくれたあのおじさんだった。
つまり俺たちは後方待機ということなのだろう。
新人に先頭をまかせるバカはいない。
「傭兵どもは半分もう帰っちまったぞ」
「くそ、戦力は少ないが、俺たちがやるしかない」
なんだか不安な声も聞こえてくる。
俺たちとそれから他のガキンチョパーティーがとぼとぼと新東門の下に集まる。
防壁の完成率は50%といったところ。
壁としては少しだけ機能しているが、隙間から入り放題だ。
特に北側と東側から中央へ向けて工事しているので、この学校付近は丸坊主なのだ。
そこを避けてあえて東門へ俺たちを配置する。
まあ前線から遠ざけるという当たり前の判断だった。
防壁に登って遠くを見ると、いるいるゴブリンだ。
その数、ちょっとわからない。
めちゃくちゃ多いというほどではない。
しかし普段の何倍もいる。
俺たちのパーティーだけでは無理だ。
冒険者が城内から走ってきて参加してくれる。ありがたい。
騎士団と傭兵団は北門側のほうへ行ったようだ。
先頭集団が衝突するのが遠くからでも見えた。
「よし、作戦通りで行こう。ラニア、ファイアボール」
カンカンカン。カンカンカン。カンカンカン。
警告の打ち方を変更する。
警告だ。ファイアボールの。
以前、エドのうんち一週間戦争で全員の戦意を刈り取った『悪魔の所業』、ファイアボール。
実戦で使う訳にもいかず、宝の持ち腐れなどと噂されていたが、使い道があった。
同じように全体への威嚇攻撃にぴったりだと判断されたのだ。
「紅蓮の炎よ我が手の前に集いたまえ――ファイアボール」
いつかの再現だ。
なんか前のより大きい。
「あちぃ」
それが新東門の上から新北門の少し北側、全体の上を通過していく。
もちろん地面に落としたりしない。誰か死んじゃうので。
前は子供がちびったけど、知らないとこれはマジでびびる。
今度は俺たち全員の味方だ。
「すげぇ」
「ファイアボールいけぇえええ」
「うおぉぉおぉぉぉ」
「かっけええええ」
子供たちは歓声を上げて見送った。
騎士団も手を上げて答えている。
傭兵たちはおっかなびっくりだが、それでも両手を振り上げたりして、応答した。
ゴブリンの集団が明らかに混乱状態になった。
「やったな、ラニア」
「ラニアちゃん……」
「ラニアちゃん、みゃう」
それじゃ次のターン。
もちろん俺たちのターンだ。
「ミーニャ祝福を」
「はいにゃ!」
ミーニャが祝福を掛ける。その範囲、新東門から新北門まで全員。
そんな全体入るのかよ、と思うじゃん?
入るんだ。そういうふうに思考さえできれば。
ミーニャの負担はかなり高いが、レベルアップもしているし、なによりエルフの血の濃さは折り紙付きだ。
本人ができるって言うんだから信じるしかない。俺が信じなくてどうする。
「ラファリエール様、私たちをお守りください」
ミーニャが聖印を切る。
俺たちトライエ市軍に祝福の金色の粒が舞い散った。
まるで神の体現だ。
「うぉおおおおお」
「わわ、うおうぉぉ」
「ラファリエール様のご加護の下に……」
キン、コン。キン、コン。キンキンコン。キコカンコン。
今度はシエルの『祝福の鐘』が鳴る。
最初演奏したときより曲が複雑かつ精密になっていた。
ミーニャとシエルの祝福はいわゆる掛け算の関係らしくて、ブーストが掛かる。
ゲームだったら効果が掛け算でバフとかかなりヤバいがここは異世界で文句を言うプレイヤーはいない。
「おぉおおおおお」
「きた、きたきたきた、祝福だぁ」
「ラファリエール様のご加護が我々の味方だ、続け!」
「「「「うぉおおおおおおおおお」」」
南門側だけでなく、祝福の鐘も北門近くまで届いたらしい。
雄たけびが聞こえる。
貴族御用達の魔道具だけはある。
前に五十人規模に使うと言ったはずだ。
それを愚直に適用したに過ぎない。
過ぎないのだが、そんな場面めったにないわけで。
さて俺たちも出動しよう。
俺だけ支援の出番がない。
まあいいんだ。勇者は最後にやってくると相場が決まっている。
物語でいうところの、デウス・エクス・マキナというやつなので。
ゴブリンの小集団が南側のほうへも流れてくるのが見える。
「目標視認! 行くぞ」
「「「おおぉおお」」」
俺たちも剣を構える。
文字通りゴブリンを剣で倒していく。
騎士のビーエストさんを覚えているだろうか。
配置転換かトライエ市内勤務になったらしく、ちょくちょく喫茶店に遊びにきて、その度にアイスティーを飲むついでに俺を鍛えていく。
そんなこんなを繰り返していたので、俺もだいぶ様になってきた。
自画自賛だけど、俺も強くなった。
「エクスプローラー流剣術! 二の型」
シュパパパンと剣を振るう。
「エクスプローラー流剣術! 三の型」
シュピーンと剣を突く。
剣筋が明らかに前と違う。
型を再現しているだけだ。それだけなのに、思ったように剣を振るえる。
そうしてあらかた戦い終わって敵が減ってきて、もう少しというところでボスが登場した。
「なんだあいつ」
「おい、弱い自覚があるやつは逃げろ。いいから、逃げろ!」
「やべーなあれ」
何人もの冒険者を負傷させたゴブリン中のゴブリンがいた。
少し離れていても鑑定は使える。よかった。
【ベルケ・ドメンドル
25歳 オス C型 ゴブリンキング
Bランク
HP505/505
MP223/257
健康状態:A(健康)
】
いっちょ前に健康だぜ。
さすがボス。
あとゴブリンなのに名前がある。へぇ。
こういうのネームドMOBというらしいが、この世界では見るのも初めてだ。
「グワアアアア」
ゴブリンキングの咆哮だ。
幾人かの冒険者が恐慌状態になって、動けなくなってしまった。
くそっ、状態異常デバフだ。
効果が及ばなかった人が恐慌状態になった人を引っ張って逃げていく。
まさか東門にボスが出るとはな。
主力が北側だったから、こっちは手薄だし騎士団なども北側だ。
ビーエストさんも北門側で戦っているはず。
こちらは後方という認識だった。
ボスには完全に裏をかかれている。
この辺でこいつの相手をするのは……あれ、俺たちのパーティーしかいなくね。
他のパーティーは完全にもうやられたか撤退してる。
現状、一番近くて勝てそうなのは唯一、俺たちだけ。
俺たちのすぐ後ろにはガキンチョパーティーが生存しているが、あいつらには無理だ。
「――やるしかないのか」
「え、エドがやるの!? ミーニャも応戦する」
ミーニャが近づいてきてちゅっとキスをしていく。
するとすぐにラニア、それからシエルもキスをしていく。
あっ、もしかしてこれ「天使のキス」とかいうバフじゃないですかね。
ありそう。
確認しなくても、頭がいつもよりクリアだ。
今まで剣術の稽古もした。
強くなった自信はある。
ぎりぎりかもしれないけど、勝てるはずだ。
「うりゃあああ」
俺はゴブリンキングに突っ込んでいく。
まずはフェイント。
続けてフェイント。
さっと攻撃を避けて一撃を入れる。
「ぐわぁああ」
ちょっと痛かったらしく軽く吠えるものの、まだ健在だ。
HPはかなり多い。
大イノシシより少しHPが多いくらいでなんだってんだ。
しかしこいつ、Bランクなんだよな。
「強いが、まだまだだ」
フェイント、剣、剣、フェイント。
織り交ぜて攻撃と防御をこなす。
こういう戦闘は初めてだ。
一瞬、間ができる。
「ファイア!」
ラニアのファイアの合いの手が入る。
また剣、フェイント、剣と攻撃する。
訓練ではしたことがあっても、真剣でやりあったことはない。
よし、このタイミングだ。
「エクスプローラー流剣術、サンダーブレード」
雷が宙を舞う。
その名の通り、雷をまとった俺の愛剣「クイックカッター」。
カッターナイフみたいな名前だが、舐めてはいけない。
効果「魔法付与:切断」はこういうとき、正しく当てられれば効果は絶大だ。
「ぐおぉおおおおおおおお」
俺の剣が二回り以上大きいゴブリンキングを切断していく。
「おりゃああああ」
俺は剣を上から下まで、振り切った。
ゴブリンキングが真っ二つになって倒れていく。
ドスン。
巨体のゴブリンキングが大地に倒れた。
「やった! にゃぁあ」
「やりましたね。エド君」
「みゃう、やったやった、みゃう」
みんなが俺に飛びついてもみくちゃにしてくる。
「ちょっと、みんな、くるしい、くるしいから」
「「「エド~~」」」
どさくさに紛れてちゅってしたり抱きしめたり、愛情表現がいつもより強めだ。
こうしてボス、ゴブリンキングをなんとか打倒した。
冒険者や傭兵はゴブリン相手に死者を出さずに済んだようだ。
ゴブリンされどゴブリン、怪我を負った者は多い。
ラニエルダの被害は軽微に終わった。
トライエ市内に被害はない。
こうして、また俺たちは日常へ戻っていくのでした。