さてギードさんはスプーン作りを主にやっていたが、そろそろ俺も困っているので、協力してもらうことになった。
それは端的に言って、文字が読み書きできないと不便だという問題だ。
冒険者ギルドのクエストボードでさえ、いくつかの単語と数字くらいしか読めない。
英語みたいな表音文字なので、勘で読むことも無理ではないのだけど、全部のアルファベットと読み方の組み合わせをまだ覚えていない。
「ということで、ギードさんにはスラムで青空教室をお願いします」
「あ、ああ」
「給料はラニエルダの自治会から出るから。ドリドン雑貨店とミランダ雑貨店の後援なんだ」
「ほう、もうそこまで取り付けたか」
「おうよ」
ということでギード先生にお願いして、この世界の大陸共通語を習う。
ほとんどはアルファベットもどきなので、俺はそれをアルファベットと呼んでいる。
数字は十進数で記号が十種類。これは奇跡的にゼロとイチなんてまんま数字で酷似している。
ちょっと覚えてしまえば転生者なら余裕だろう。
場所は北地区と東地区の中間地点の空き地に、掘っ立て小屋が建ったのでその横になった。
以前の「エドのうんち一週間戦争」の舞台のすぐ脇だ。
参加者は両地区のガキンチョたち、以下生徒と呼ぶ。
下は五歳くらいから上は十歳くらいまで。
俺にとっては当たり前だけど男女両方だ。
一部で「女子には贅沢だ」という差別主義過激派がいたが、ドリドンさんが一喝して黙らせた。
ドリドンさんは当たり前だけど、お店に買い物に来る子は女子が多いって知っている。
買い物で文字の読み書きは必須ではないが、大きなアドバンテージになると説明して納得させた。
残念ながら文字や数字が読めなくてお店にぼったくられる人は多い。
ドリドンさんが誠実じゃなかったらスラムの露店なんて格好の標的だ。
十歳以上の年齢の子はなんとなく字を読める。
正確なスペルで綴るのは難しいけど書けなくもない。
ということがアンケートでわかったので小学生くらいが対象だ。
「「ギード先生、お願いします」」
子供たちが茶色い服を着て集まってくる。
中にはお洒落をして色付きの服の子もいる。
俺はもちろん茶色。
ミーニャは緑のワンピース、ラニアは青と白のワンピース、シエルはピンクのワンピース。
みんな一張羅だ。
予備の服も欲しい、とずっと思っているがなかなか実現しない。
お金が自腹だとすると言い出しにくいし。
服をたくさん買って毎日洗濯して着替えるとか、どこの貴族だよ、という世界で、そういう価値観の押し付けはよくないというのもある。
ギード先生は文字を全種類並べて簡単なABCの歌みたいなものを披露する。
お歌とかバカにしてはいけない。
こういう基礎からやるのが重要なのだ。
青空教室と呼んでいるが、正式には「ラニエルダ青空小学校」とドリドンさんに命名された。
ドリドン雑貨店とミランダ雑貨店の出資比率はドリドンさんが六割だ。
スラムに住んでいない子も通っていいことになっている。
一応月謝がある。月に一人銀貨一枚。
あってないようなものだが費用がかかるので徴収することになった。
これは滞納しても罰則はない。
授業時間は午前中のみでドリドンさんの提供、計らいにより給食が出る。
といってもイルク豆の塩ゆで、俺が前食べていたアレだけど。
普通に給食を食べるだけでも黒字だから月謝があっても通わせるだろう。
まともな損得勘定ができるなら。
こうして学校事業は軌道に乗り、本日ABCの歌を歌っているわけだ。
集まってみると、中には知らない子もいる。
学年が上のほうの子は結構知らない。
俺たちが一番ちいさい。
通ってみるとミーニャ、ラニア、シエルへの視線がすごい。
普段あまり一緒に遊べない子も椅子を並べて勉強しているから、うれしそうにしている。
シエルちゃんは特に獣人のお子さんに人気だ。
ミーニャのファンはヒューマンに多い。
というかスラムに他にエルフなんていない。
エルフは普通の階級とは別に、種族自体が上級市民以上の扱いらしい。
そんな身分制度で好き好んでスラムに住むエルフなんていないのだそうだ。
それからドリドンさんは最近誰のおかげか知らないけど、結構儲ける機会があったらしい。
本当、誰のおかげなんだろうな、ちらちら。
「これがドリドン中央トイレです。ぱちぱちぱち」
「「おぉおおお」」
ラニエルダ青空小学校の横にいつの間にか、ドリドン中央トイレが完成していた。
スラム街のトイレは東門前、北門前に公共トイレがあるだけだった。
運営はトライエの貴族の人がしていてスライムの繁殖による収入がある。
この収入、結構儲かるらしい。
スライムが増えてその魔石を考えただけでも、そうか、結構金になるな。
スライムのゼリー部分の本体も錬金素材なので、トイレはスライム養殖場というのが正しい。
「もうかりまっか?」
「ぼちぼちでんな。あははは」
「暗黒微笑」
「失礼な営業スマイルですよスマイル」
ドリドンさんと落成式をしてちょっと会話をした。
「それでぶっちゃけ儲かるの?」
「あぁそれがな清掃とかボランティアがやってくれるなら、めっちゃ儲かるらしい」
「あぁ清掃ね」
「ああ」
メンテナンス費用をケチれば儲かると。
頻繁に綺麗にしたりリフォームしたり何かとお金がかかるらしい。
ちなみにトイレットペーパーはなくて、空き地に生えている大きな葉っぱを使っている。
これにはルールがあって使った枚数以上の葉っぱを取ってきて補充するのが義務となっている。
ただし通常は罰則とかないので、たまに補充しない不届きものがいる。
だいたいの人は先に葉っぱを取ってきて自分で使って残りを在庫にしてくれる。
そういう葉っぱの管理もある。
こうして北東の空き地に新しい公共トイレとラニエルダ青空小学校が開かれた。