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65.領主謁見


 南側の川沿い貴族街を通ってその一番奥、領主館へと到着した。

 俺たちは緊張しているが、現実味がないのもまた事実だった。


 領主館の正面ロータリーの車寄せに到着した。

 馬車のドアが外から開けられ、ドアマンが頭を下げる。


「ではいきましょうか」


 さわやかなイケメンに先導され馬車を降りる。

 さっきまで乗っていたオンボロ馬車とは違って一気に緊張してくる。


 幌馬車と違い貴族馬車はサイドドアだ。

 順番にタラップを降りて地面に立つ。


 ちょっと足を踏み外しそうになるが、頑張った。


 中世風馬車は現代の車より車高がだいたい高い。


 正面玄関ホールを通る。

 ここには魔道具のシャンデリアが煌々こうこうと光を放っている。

 まだ夕方で太陽は沈み切っていないが、すでに点灯していた。


 奥に通されて第二謁見室という少し格下の謁見で使われる部屋に通された。


「ようこそ諸君。なんでもエルダニアにてトマトスープを振る舞ったそうだな。それも絶品の」

「はっ」


 自分たちで「はっ」とか同意するのもどうかとは思う。

 隣のギードさんは元貴族だけあって余裕の表情だ。少し悔しい。


「兵にも住人たちにも無償で提供し士気を上げたそうだ。彼らの娯楽は少ない。それはそれは感謝されたと聞く」

「えぇえ」


「よって、金貨二十枚を我領主、トーマス・ゼッケンバウアーの名の元、報奨金を出そう」

「あっ、ありがとうございます」


「ところで、代表してそこの子供が答えているが、これは?」

「はい。トマトスープを作ったの彼なので」

「ほぅ」


 ギードさんがさらりと矛先を俺に向けてくる。

 ヤメテ。


「金貨は約束しよう。ところでそのトマトスープ我が家族にも食べさせてはくれないだろうか」

「それは……」

「だめなのか、そんなっ、いつもいつも似たような鳥料理で飽きてしまったのだ」

「はい」

「トマトスープも飲んだことはあるが、感動するほどではないと思っていた」


 熱烈に料理へのこだわりを語る領主様。


「ということで、作ってほしい」

「――わかりました」


「ビーエスト君は任務の途中だったが戻ってきた件、この報告により免除とする、そのように」

「はっ」


 ビーエストさんが頭を下げて騎士の礼をした。




 厨房を借りる。

 さすが領主館、魔道コンロが何口もある立派な複合コンロがある。


 それを使ってトマトと各種野菜を入れていく。

 材料はこの前と同じだ。

 しかし違いはある。

 トマトだけは使ってしまったので、市販品の厨房の在庫を使わせてもらった。


 味はあまり変わらないが、旨味が若干少ないように思う。

 トマトは水分の少ない塩気がある土地で作るといいというが、もしかしたらこの世界ではたっぷりの肥料と水分で贅沢にトマトを作っていて、旨味の凝縮が弱いのかもしれない。

 一方で自然に生えているものは、そういうコントロールをしていない分、環境に耐えて美味しいトマトになっているのかもしれない。


 これは再現が難しいかもしれない。


 しかし始めてしまったのはしょうがない。

 そしてキノコ、エルダタケをやはり少量入れる。


 トマトとエルダタケの相乗効果で旨味は何倍にもなる。

 これがよくわからないが、化学反応というやつで、人間にはそう感じるんだから不思議だ。


 厨房からトマトスープを持って領主食堂へ行くと、そこにはかわいらしい姫様がお二人いた。


「マリエールです。十歳です」

「エレノアです。六歳になります」


 マリエール様は茶色いくるくるストレートでお姉さんだ。

 エレノア様はピンク髪でツインテールにしており、これはこれでとてもチャーミングだった。


 二人とも揃って俺に向かってカーテシーを披露する。かわいい。


 ドレスはマリエール様は水色のワンピース。

 エレノア様は白いワンピースだ。黄色い小さなリボンが特徴的だ。

 フリフリの装飾がついており、よけいかわいい。


 奥様も横に控えていた。


「キャシーです。伯爵夫人です。夫が無理を言ったそうですね。すみません」

「いえ」

「しかし子供たちも楽しみにしていて、私も断れなかったのです。許してちょうだい」

「大丈夫です。はい」


 俺は恐縮して縮こまる。


 味のチェックはした。

 まったく同じにはならなかったが十分美味しかった。

 ついでにコショウを少しいれて、より俺好みにしてみた。

 たぶんこちらのほうが味が締まって美味しくなると思う。


「どうぞ」


「では、失礼して。ラファリエール様へ、日々の感謝を捧げます」

「「「毎日、見守ってくださり、ありがとうございます。メルエシール・ラ・ブラエル」」」


 正式な挨拶をして食べ始める領主一家さん。


「美味しいですわ」

「なにこれ、すごく、美味しい」

「トマトスープも化けたものだわ」

「うむ、これはうまい。上々だな」


 みんな感想を言ってくれる。

 その後は、もくもくとスプーンを動かしている。

 動作パターンはうちの子と似ている。


 そんなに美味しいのだろうか。

 確かに美味しいには美味しかった。


 ハンバーグとか食べさせたら延々と食べてそう。


「これをあなたが作ったのね! えっと確かエド! エド君」

「まあ、そうです」

「決めた。エド君は私のお婿さん。毎日美味しい料理を作ってちょうだい」

「こら、エレノア!」

「なんでですの、お母さま。美味しい料理は重要ですよ」

「そうですけど、お婿さんだなんて。相手の気持ちを考えなさい」

「でも」

「ほらあっち」

「えっ……」


 そうなのだ。意識されていなかったけど、部屋の隅にみんな使用人と一緒に並んで見ていたのだ。


「ご家族がみんないるのよ」

「女の子ばっかり! みんなお嫁さんなの? エドくーん」

「ま、まあ、みんな僕の女の子です。はい」

「きゃっきゃ」


 ちょっとエレノア様を静かにさせるのに、この後すこし掛かった。

 あとミーニャたちも領主の娘に取られそうで気が気ではなかっただろう。ごめん。



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