エルダニアの販売店のおっちゃんの話に耳を傾ける。
騎士団を派遣してくれたサルバトリアには悪いことをした。
「どういうこと? 感謝してるのに悪いことって」
おっちゃんの話は続く。
サルバトリアは独自の判断で精鋭の騎士団をほぼすべて出した。
国や他の領地の意見を無視したのだ。
他領は猛反対をしたがすでに遅く、騎士団が出発した後だった。
そのため他領の不満は非常に高く、これが後まで尾を引くことになる。
結果、エルダニアの民はほとんどが脱出できたが騎士団は壊滅した。
それから内政が荒れに荒れ、数年後、周りの諸侯が連合で「サルバトリアは反逆罪である」と宣戦を布告、あっという間にサルバトリア公爵領は占領されてしまった。
防衛に当たる騎士団はみんなエルダニアに派遣されて失っていたので、あっけなかったそうだ。
サルバトリア公爵と夫人、それからまだ幼い一人娘は行方不明となった。
こちらはどっかの領主と違い、領主を思う家臣たちに説得されて逃げさせられたのだという。
「サルバトリア公爵の名前てわかる?」
「あーんー、確かギード様じゃなかったかなぁ」
ビンゴ。
つまりギードさんじゃないですか。
領主様だったんですね。それで責任があると。
「あれ、あんたもさっきギードってそういえば」
「いやいや、エルフではよくある名前なんで」
「そうかいそうかい」
いやぁ、名前だけじゃなくて名字もそっくりじゃないですかね。
「それでな、サルバトリア公爵家って裏王家の家系なんだよ」
「裏王家?」
「そう。国を治めているのが表王家って言うんだけど、その血筋にはもう一家あってそれが裏王家なんだ。この二つの家は血が濃い要するにハイエルフ様直系のおうちでな」
「あぁ純血のエルフっていう」
「いや、ちょっと違うんだ」
「そうなの?」
「ああ」
純血のエルフは俗に現在、ハイエルフと呼ばれているらしい。
現存していて確認されているのはエスターシアおばあ様、御年1264歳だけなのだそうだ。
噂では他に四人くらい、世捨て人がいるというが定かではない。
このエスターシア様の直系が現王家、表王家シメアジー家と裏王家サルバトリア家なのだという。
「ギード様と奥様は八分の七くらいエルフだよ。ほとんどエルフだけど、王家でさえ純血じゃないんだそうだよ」
「へぇ」
つまり純血のエルフに一番近いエルフなんだ。
そんでもってここで、鼻くそほじってボォーッとしてつまらなそうに聞いてるミーニャも。
おいミーニャよ、お前さんちの話なんやで。
あと鼻くそは食べないように。
「よく見れば、ギードさんも奥さんもお嬢さんも、エルフの中では飛び切りの金髪だねぇ。そんな綺麗な金髪のエルフ、めったにいないよ。実はいいところのご出身なんじゃないの?」
「いえ、まあ」
「いいよいいよ、ほれ、リンゴ。あげる」
「ありがとう」
リンゴを貰った。人数分。
ムシャムシャ食べる。おいちい。
「それでおじさん、サクランボなんだけど全部採ってもいいかな?」
「いいよ。ここにはもうあれ採る元気な人なんていないしね。領主はどっかいっちまったよ」
「わかった。ありがとう」
ということで緊急ミッション。
サクランボを採ろう。
「みんな、サクランボ狩りだ」
「「「おぉ」」」
サクランボは手に届くちょうどいい感じに枝を垂らしている。
それを採って歩く。
「ちょっと甘くて、なんだかいい匂い」
サクラのほのかな匂いと甘味が美味しい。
よし採りまくろう。
そして新しいジャムですよ、ジャム。
「みんなジャムにするからな、金貨だぜ」
「「「おおおぉ」」」
やる気ってのはやっぱり報酬だよな。
金貨で干し肉が買えるとよろこんだのも、そんな昔ではない。
サクランボ、おいち。
どんどん採っていく。
籠いっぱいになるくらい。
これなら何ビンがジャムになるかな。
夜ご飯を適当に食べて、馬車の中で寝る。
ここにはまだ宿屋すらない。
朝になった。
さてご飯を食べたら隊商が出発する予定だ。
俺たちはもう少しいるか、逆方向なので単独で帰ることになりそうだ。
俺は渾身の力作、トマトスープを作った。
トマトにお肉、他の野菜も。
それからエルダタケを少しだけ入れる。
具だくさんスープだ。
「おい坊主」
「エド君、エド君」
朝からいい匂いをさせていたので隊商の別の馬車の人が集まってくる。
「はいはい、みなさんこれ食べたらお別れなので、特別にトマトスープを御馳走しますね」
「「「うおおおおぉおおおおお」」」
男たちの野太い声がこだまする。
隊商の中には女性の人も何人かいるけどその声はかき消されていた。
「うま、うま」
「美味しい、信じられないほどうまい」
「旨味なんだよ、これが重要なんだよ、なぁ」
「うっま、なんだこれ。トマト? トマトが重要なのか?」
みんなバクバク食べる食べる。
そのうち住民まで集まってきてしまった。
あと門の兵士さんも遠巻きに様子を見ている。ちょっと恥ずかしい。
なけなしの今あるトマトを追加でもうひと鍋作ることになって、急いで煮る。
時短で煮てもまあなんとか。
そうして配給のようになってきて、トマトスープを配る。
「すっげーうまい。これがトマトスープなんだな」
「こんなの食ったことねえよ」
「すまん。門の兵にまで」
「ごちそうさまです」
「辺境勤務にされたときはアレだと思ったが、今はよかったと思ってる。これはうまい」
もうトマトはないこと、などを説明しつつトマトスープは完売となった。
あ、お金は取っていない。
ぎりぎりの生活してる住民を見て足元見るような、そこまで俺は落ちぶれちゃいないやい。
エルダニアではこの後「伝説のトマトスープ」と呼ばれるようになったとか、なんとか。
まあ俺たちのあずかり知らぬことだ。
そうそう煮炊きの薪なのだが、街の廃材を使っているらしく、家だったものを薪にくべているそうだ。
無限とは言わないが、大量にあるため重宝しているらしい。
なんだかそれはそれで少し悲しい気持ちになった。