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55.銀髪猫耳とミーニャ


 シエルちゃんは朝ご飯を食べた後もうちにいた。


「あの……どこにも行くところがないみゃう」

「そ、そうか」

「エド君と一緒にいたいみゃう」

「そうだよなぁ」


 俺がご飯を与えて家に入れた。

 純然たる事実だ。

 拾ってきたペットではないが人間だからこそ責任は俺にある。


 午前中は様子を見ることになってミーニャと一緒に籠を編んでいた。

 最初は難しそうにしていたが、コツを掴んだのかだんだん上手になってきた。


 子供を拾ってきたのは俺は初めてではない。

 そうだ。ミーニャだって雨の日に拾ってきたのは俺らしいし。


「うんしょ、うんしょ」


 一所懸命作業をしているシエルちゃんを今更、追い出すわけにもいくまい。


 この家には元々、エルダニアで身分が高かった老夫婦が住んでいた。

 エルダニアが崩壊した八年くらい前からのことだろう。


 そして数年前、俺エドと母親のトマリアがラニエルダのスラム街にやってきて、老夫婦に拾われた。

 スラムの中では二人で住むにしては広めだった。

 もちろん普通の家でいったらずっと狭い。

 普通の気のいいおじいちゃんとおばあちゃんだ。

 俺も少しだけ記憶にある。


 しかし一年ちょっとでおじいさんの具合が悪くなり他界して、後を追うようにおばあさんも亡くなった。


 このあばら家はトマリアと俺がそのまま引き継ぐことになり、それからミーニャ一家を今度は俺が拾ったのだ。


 そうしてこうして、また少女を拾ってしまった。


「ミーニャちゃんどうかみゃ」

「うん、大丈夫」

「よかったみゃあ」


 作業の確認をしているらしい。

 うむ。こうしているとなかなか仲がいい。

 どちらも猫だけに。


 結構毛だらけ猫灰だらけ、という言葉もあったな。


 シエルちゃんの頭の上には相変わらず、かわええ猫耳がぴこぴこ動いている。


 頭をなでなでしたいが、親しいわけでもないのに、触っていいか迷う。

 ミーニャの頭は容赦なく撫でる俺だが、それは兄妹みたいなものだからだ。

 見ず知らずの子の頭までは、俺だって撫でたりしない。


 しかし触りたい。


 かわいい。


 ぴくぴくしてる。たまらん。


「エド君、どうしたの?」


 シエルちゃんはこくんと小首をかしげて、目を真ん丸にして興味深そうに俺を見つめてくる。


 反則級にかわいい。

 不正はなかった、いいね、不正はないんだ。ラファリエール様に誓って。


 今日この瞬間はシエルちゃんの勝ち。


 俺は手を伸ばして頭と猫耳を撫でる。


「ふっ、ふわぁ、あはあ」


 シエルちゃんはなんだか心地よさそうな声を出して目を細めた。

 嫌がってはいないから大丈夫だろう。


 頭を手で触ろうとすると必死に手で庇う子もいる。

 そういう子の多くは普段から頭を殴られている。

 どうやらシエルちゃんはそういう暴力を振るう家庭出身で逃げ出してきた、という訳ではなさそうだ。


 懸念の一つは消えたけど、まだここにうずくまっていた理由は話してもらえていない。

 そのうち話してくれるだろうか。


 俺の知り合いはスラムに流れてきた人が多いので、出自が不明な人が何人かいる。

 ミーニャ一家もそうだ。


 ラニエルダでは出自の話がタブーまではいかないけど、悲惨な過去を持つ人が多いので、そういう話はあまりしない。

 今を生きるのに精いっぱいでもある。


 前を向いて再出発できる機会があるだけでも、儲けものだと思うほかない。


 ラニア一家はエルダニア出身で、元々は商業系の護衛の仕事をしていて、そっちに顔が広いと聞いたことがある。

 ラニエルダができて八年なのでラニアはスラム街に来てから生まれた子なのだろう。

 今も家こそうちよりボロいスラム仕様だけど商業ギルドのつながりが今も残っていて、トライエ市内の商店で護衛関連の仕事をしているらしい。

 取引先とかが他都市にあったからできる芸当だ。

 元貴族もしくは今も他国の貴族とか、そんな家系らしいとも聞くが詳細は不明だ。


 きっと若いころもトライエとエルダニアの間を護衛して往復とかしていたのだろう。


「ミーニャ、ミーニャ、この取っ手のとこ」

「あ、うん。ここはこうしてくるって回してこうだよ」

「ありがとうみゃう」

「ううん。最初は難しいから、どんどん聞いて」

「うんっ」


 シエルちゃんとミーニャはとっくに仲良しさんだ。

 あの俺の後ろを歩いていたミーニャがすっかりお姉さん気取りで教えている。

 いい傾向だ。


 金髪ロングのミーニャと肩までの銀髪セミロングのシエルちゃん猫耳付きが並んでいると、天使の姉妹みたいに見える。

 めちゃくちゃかわいい。


 シエルちゃんはちょっと汚れているが、午後になったら水浴びしに行こう。

 あとピンクのおボロはミーニャの予備の茶色い服を貸してもらうか。


 やっぱり服も正副予備の三系統欲しい。

 ちなみにスラム街もトライエ市にも電源はきていない。

 そもそもこの世界では一応は電気がまだ発明されてないっぽい。


 手が小さいからか、逆に小さい細かいことが得意みたいで、ミーニャもシエルちゃんも大人顔負けに籠を編んでいる。

 シエルちゃんはまだ始めたばかりなのを考慮しても、そこそこできるようだ。


「シエルは籠編み結構得意そうだね」

「あ、うん。おうちで似た仕事をしたことがあるから。あっ」


 家のことを言ってしまったという顔をして、少し悲しそうな表情をする。

 さすがにミーニャもおうちのことを聞き返したりしない。


 ミーニャがシエルちゃんの頭を撫でて励ましていた。

 言葉がなくても応援はできる。


「シエルちゃんはお手伝いとかしてて偉いね。私、最近まで遊び歩いていて」


 ミーニャが自分のことを語りだす。


「エドが春先にいつだったか、派手に転んだの。その後から様子がちょっとおかしくてね」

「おかしいって」

「ううん、悪い意味じゃなくて、頼りになるようになったの。食べられる野草も採ってくるし、あとキノコが美味しいの。私も手伝うようになって。ただのお荷物から卒業したんだ」

「ふぅん」


 シエルちゃんは、半分くらいしか理解していない顔で、生返事をした。


 そりゃあ異世界転生を思い出して、鑑定とアイテムボックスに目覚めて、なんでもできるようになったとか、信じられまい。

 もっとも転生も鑑定も隠しているから、変な人にしか見えなくてもおかしくはない。


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