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64.閑話/トライエ領主の晩餐2


 今日もいつものようにトライエ領主ゼッケンバウアー伯爵の晩餐の時間だ。

 メルリア王国ゼッケンバウアー伯爵領、領都トライエ市だ。


 まずサラダが出され、パンを食べた。


 パンにはこの間のノイチゴのジャムが出された。


「なんとか心当たりを回って確保したノイチゴのジャムです。数が非常に少なく、探すのに苦労しました。冒険者ギルド職員が隠し持っていたのを徴収してきました。もちろん善意の協力で報奨金として金貨を提示したそうですよ」


 執事が呆れたような声で状況を説明する。

 探すほうも探すほうだが、命令した領主もちょっとせこい。


「次の入荷はどうなのだ?」

「店主の話ではもうすぐ3回目がある予定だそうだとお伝えしましたよ」

「だが、それまで待っていられない」

「さようですか」


 とにかくこうしてあのギルド職員の売店のお姉さんはジャムを泣く泣く手放して、金貨五枚を手に入れたらしい。

 次こそは、もっと買ってやろうと心に決めて、今日も仕事をしている。


 領主一家はジャムをパンに塗りつける。

 赤いジャムがパンに載っていて、見た目にもとてもおいしそうだった。

 この世界ではこれはかなりの高級品なのだろう。

 もしくは値段とかよりも希少性のほうが問題かもしれない。


 パクッと一口。


「おいしぃ」

「美味しいわ」


 また一口。


「ジャム、美味しい。でもこれで最後かもしれないんですね」

「そうね。次の入荷もあるって言ってはいたわ。希望を持ちましょう」

「うふふ」

「おいちい、です」


 姉妹はうれしそうにパンとジャムを堪能した。


「まだパンはあるのに、ジャムがないの」


「そう思いまして、実はノイチゴジャムのほかにブドウジャムとリンゴジャムが販売されていたという情報を聞きまして、方々、探しました」

「おぉ、それで?」

「ブドウジャムがひとビンのみ、ありました、ありましたよ」

「やったわ」

「偉い、よく探した」


 こうしてブドウジャムを順番に塗っていく。

 ただしひとビンだけであり、みんな薄くしっかりと塗りこんでいく。


「いただきます、んっ、これも美味しい」

「美味しいわ、ブドウってこんなに甘くなるのね」


 紫色のそのジャムは、赤いジャムほど美味しそうではないかもしれない。

 しかしその完熟ブドウを使用した稀少なものは、とても風味がよく、美味しいできだった。


 エド達も唸ったほどだったので、その味は保証済みだ。


 こうしてブドウジャムにも領主一家はなんとかありつけた。




 そしてスープになる。


「本日のスープでございます。冒険者ギルドに持ち込まれた珍しいキノコを使用しております」

「ほう、キノコかね。名前は?」

「ムラサキメルリアタケという名前でございます。色は紫なのですがとても美味なのだそうでエルフのクマイラス・ホップヘルム男爵の鑑定書付きとなっています」

「ああ、クマイラスか。知っている名だな。鑑定スキル持ちだ。この領では数少ない上級鑑定人だな」

「そうです」

「それならさぞ美味しいのだろうな」


 スープが配膳された。


「お父様、はやく食べたいです」

「私も、このスープ、いい匂いがして」


 マリエール、エレノアが鼻をすんすんする。

 もちろん下品に匂いを嗅いだりしない。

 紅茶の匂いを嗅ぐようにそっと、そっと美味しそうな匂いに鼻を近づける。


 色は飴色をしていて野菜と塩それからコショウが使われているのがわかる。


 スプーンでそっと掬って飲み込んだ。


「美味しいです」

「こんな旨味、はじめてですわ」


「あらあなた、これ本当に美味しい」

「そうか、そうか。我が領は料理も上手とな」


 みんなスプーンで必死に掬う。

 キノコの旨味が野菜の旨味と増幅しあい、絶妙なハーモニーの濃い旨味を引き出していた。


「キノコって変なものだと思っていたけど、こんなに美味しいキノコもあるのね」

「お姉さま、私もキノコ採りとかしてみたいですわ」

「まあ本気、お転婆なのねエレノアは」


 ムラサキキノコのスープはあっという間にみんな完食してしまった。


「次もキノコなのですが、キノコの旨煮でございます」

「ほう」


 次に出てきたのはキノコとネギとイノシシ肉の姿煮であった。


「こちらはウスベニタケという種類です。同様にクマイラス・ホップヘルム男爵の鑑定書付きとなっています」

「なるほど」


 色はウスベニというだけあって、赤と白の中間位、ピンクより濃い目の赤色だけれど白っぽい。

 美味しそうではあるが、毒キノコですと言われれば、信じてしまいそうでもある。

 それは紫のキノコも同じだった。


 形を残してあるキノコとネギとイノシシ肉に半透明のスープが掛かっていた。


 ナイフでキノコを一口サイズに小さくして、口へ運ぶ。


「おいしぃ」

「美味しいです、お姉さま」


 思わずエレノアはナイフを持ったまま、手を頬っぺたに持っていく。


「まあエレノアったら」

「あら、失礼」


 再びナイフとフォークで一口。


「うぅぅん、美味しいっ」

「美味しいわ」


「うむ。すごい旨味だ。これはさっきのキノコとは違う旨味だが、それがいい。なんだ、こんな美味しいものがまだ存在していたのだな。長生きはするものだ」

「まぁあなたったら、うふふ」


 キノコは抜群に美味しい。

 そして一緒に煮られているこの前のイノシシ肉がホロホロするほど柔らかくて絶品だった。


 キノコの料理はこうして領主様のお腹に入ることになった。


 そのジャムもキノコもこの前のイノシシ肉もすべてエド達によるものという情報は残念ながら領主たちの手元まで届いていなかった。

 まさかすべてエドのせい、いやおかげだなんて思わないのが普通なのだろう。


 領主一家はドリドン雑貨店で美味しいジャムが入れば、今度は買いたいと思っているだけであった。

 あとはほとんど冒険者ギルド頼みだ。


 珍しく美味しいものが入手できたときは領主にも話が当然回ってくる。

 領主が興味を示さなければ市井に回ってくるだけのことだ。

 または誰かが指名依頼などで先に指名していなければ、一般の貴族などにも回ってくることもあるだろう。


 領主にいつも優先権があるという訳ではないが、金貨をポンポン出せる家というのは限られているのも一応は事実だった。


 領主一家の美味しい晩餐はまた今度開催されることもあるだろう。


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