火曜日。
だったよな、うん。
毎日カウントしているがわからなくなりそうだ。
日曜日になればパンが出るからわかるんだけど、数えるのは結構面倒だ。
一昨日、日曜日だったはず。
朝からなんでそんなことを考えているかというと、今日は俺の体調不良のため臨時休業となることが先ほど決まった。
みんなで朝食を食べたのだけど、その後からだから朝ご飯が原因かもしれない。
俺以外は今のところ健康そうでよかった。
それだとご飯は関係ないかもしれない。
腹が痛い。
下痢ではないのが幸いだが、なぜだか腹が痛い。
「というわけで、腹が痛い」
「むにゃぁ」
ミーニャが残念そうに鳴く。
別に拾い食いとかはしていないのだが、なぜなんだ。
「癒しの光を――ヒール」
ミーニャもヒールが使えるようになったので、一応使ってもらったが、一時的にはよくなるものの、またぶり返してきた。
「やっぱり、ダメだった」
「そっかぁ」
ミーニャも残念そうにする。
かといって、ずっとミーニャに見てもらっていても、何もすることがない。
逆に風邪の類であれば、感染してしまう可能性もある。
「風邪かもしれないし、ミーニャは外で遊んでくるように」
「そんなっ、エドっ」
「まぁそんなしょんぼりしないの。ラニアを連れてラニエルダの警備でもしてきたらどうかな」
「うっ、うん。わかった。エドがそう言うならそうする」
お、意外にも素直に俺の言うことを聞いた。
以前なら絶対に離れないとか言いそうだったのに、どういう風の吹き回しなのだろうか。
「じゃあね、エド、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい、ごほごほ」
「大丈夫?」
「大丈夫、腹が痛いだけだ。ほら」
「うん、行ってきます」
何度も後ろを振り返りつつミーニャが家を出ていく。
ミーニャの父親、ギードさんは感染予防のため、籠作りをしているお隣さんの家に避難している。
ミーニャの母親のメルンさんは、そこでお湯を沸かしている。
お湯に何やら知らない薬草を入れていた。
少ししたらそれを持ってきてくれるそうだ。
「ほら、胃腸薬。何か黙って食べたかしら?」
「うんにゃ、何も」
「そうよねぇ。盲腸じゃなければいいんだけど」
「さすがに盲腸じゃないと思うよ。あれは死ぬほど苦しいって聞くし」
「そうらしいわねぇ、なんでしょうね」
「さあ」
とにかく薬草茶を貰った。
普通のお茶とか持ってないのに、こういうのは持っているという。
なかなか薬師だか治療師としてちゃんとしている。
ヒール系統も使うし、こうして薬が有効な場合は薬も使うのだろう。
薬草茶を飲んだら、ぽかぽかしてきていつの間にか眠ってしまった。
起きたら近くにメルンさんがいる。
そしてミーニャが帰ってきていた。ガン泣きしている。
え、なんで泣いてんの。
近くにはラニアもいるが、こっちは、うっ、はっきり怒ってる。
「ひくっ、ひくっ、ひくっ」
もうワンワン泣き終わったのか、今はヒクヒクしていた。
目は赤くなっていて、涙が流れた跡が少し痛々しい。
「ミーニャ、どうした? 俺は生きてるぞ」
「うん。違うの……エドは悪くないよ。そうじゃなくて、あいつらが、あいつら……」
ミーニャが口が悪いのは珍しい。
「あいつらがどうしたの?」
「ううん……」
俺が優しく問いかけると、ミーニャが言いよどむ。
こういう感じも珍しい。
いつももっと何も考えていないような雰囲気なのに、本来はそこまで能天気ではないのだ。
あの能天気は俺を心配させないように、半分はわざとそう振る舞っている可能性がある。
俺のことを思ってそうしているのだ。
「怒らないから、教えてほしいな」
「あのね、あのね、エドと私のこと『エドのうんち』ってバカにしたの」
あーね。
『エドのうんち』
そう来たか。
「どこのどいつだ」
「知らない子。たぶん北側のスラムの子」
「あぁ、誰かはわからんが、なんとなく理解した」
このラニエルダ、実は俺たちがいるのは東地区になる。
そしてラニエルダは北門前まで広がっている。
住民はそれぞれ普段使う近いほうの門の地区に、なかば所属しているのだ。
北東の中間付近は緩衝地帯なのか、まだ家が建っていない。
北門前にはミランダ雑貨店がある。
東門にはドリドン雑貨店、というふうに生活圏自体が異なる。
要するに東地区と北地区はいつも仲が悪い。
その北地区のガキどもも、俺たちのことを名前と顔くらいは知っている。
そして普段俺、エドの後ろを歩いているミーニャ、それから俺自身を含めて『エドのうんち』と言ったわけだ。
この言い方はミーニャが俺の後ろを歩くようになってすぐに誰かに命名されて、ミーニャは大層、嫌いな表現だった。
日本にもよく似た表現がある。
あれあれ「金魚の糞」だ。
こっちの世界では金魚を飼っている人が少ないので、金魚は想像しないけど、言いたいことはおおむね同じだ。
そりゃ怒るわ。
でもミーニャは怒ってないで泣いている。
「エドがバカにされたんだもん。悲しいよ。今、苦しんでるのに」
あぁ、俺が弱ってるからか。
「ちなみにバカにしたやつらは、どうなった?」
「ラニアが『ファイアボールぶつけんぞ』って杖を振り回して追い払った」
まじでファイアボールなんてぶつけたら死んじゃうから、本気ではないのだろうが。
その気持ちは本物なのだろう。
怖い怖い。
『エド君が殴り返さないなら、ハリスが謝るまで私が代わりに殴り続けてやる』
以前、ラニアが怒ったときの台詞がこれだ。
いくらか前にも話題になったはず。
殴るくらいならまだいいが、ファイアボールは危険が危なすぎる。
ラニアも美少女なのだが怒らせると怖いので、同年代は少し遠巻きに接している原因の一つだ。
「ほら、ミーニャ、俺は大丈夫だから、こっちおいで」
「うん」
ミーニャをよしよしする。
頭を撫でる。
こうすると少し落ち着く。
それからギュッと抱きしめる。
ミーニャが頭をこすりつけてくる。
ラニアも一緒になって、そっと寄り添ってくれた。
なんだか、まぁガキンチョのすることだから、目くじら立てても仕方がないのかもしれないけどね。
そもそもミーニャはラニエルダのお子様、特に女子からの支持が高い。
ミーニャのサラサラ金髪のロングヘアはあこがれの的だ。
男子もまんざらではない。
そんでもって、そんなミーニャを好きな男の子は多い。
なのに俺というコブがついているので、面白くなくて注目を浴びたいので、からかおうと。
そこで『エドのうんち』発言である。
以前は俺が追い払ったり、本気でミーニャが怒ったりしたので、東地区の子はとっくに学習したんだけど。
そうか、北地区の子たちはまだ思い知っていないんだな。
まぁあれだよね、俺を批判しようという意図なんだろうけど、ミーニャには逆効果だよね。
俺という他人を下げても自分の評判は上昇しない。相対評価じゃないからね。
この発言で彼らへのミーニャからの好感度が上がることはないということだ。
理解してくれるといいんだけど。