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19.ジャム量産


 引き続き金曜日、朝。

 別に急ぎではないが、早いに越したことはない。

 ラニアは帰ってしまったけど、また掴まえに行こう。


 俺たちはちょっと気まずいけど、ラニアの家に向かう。

 ラニアがいないと対モンスター策が心もとない。


「ラーニーアーちゃーんー」

「はーい」


 ラニアのちょっと恥ずかしそうな返事がかわいい。

 毎回これでいくかな。


「あのね、騒動のジャムを懲りずに量産しようと思って、今日も森へ行きたいです」

「わ、私の出番ですね」

「そういうことです。よろしくお願いします」

「はい」


 そう言って、ハイタッチを決める。


「ちなみに捕らぬラクーンの皮算用かわざんようで申し訳ないんだけど、分け前は三分の一でいい? もちろん現金で」

「いいよっ」

 こちらにもたぬきならぬラクーンの皮算用という言葉がある。

 ラクーンは狸やアライグマに似た魔物の一種だ。断熱性のある毛皮は貴族に珍重されている。

「いいよっ」

「あぁ、ありがとう」

「こちらこそ、だって(ごにょごにょ)き、金貨なんでしょ?」

「まあそうだねっ」

「はああ」


 俺たち勇者パーティーもとい、成金予定パーティーはスラム街を進む。

 気分はもう凱旋がいせんだ。


 マップチップを進み民草たみぐさを眺めながら、堂々とパレードをする。

 といった気分で、スラム街を抜ける。


 特に誰にも邪魔も歓迎もされず、途端に誰もいない草原に出る。寂しい。

 まあ、あれだよあれ。


 こういうのは気分なんだ。


 今日の草を収穫しつつ、進む。大事なご飯になるので、一応は真剣にやる。

 分別くらいはする。中身は高校生なので。


 そういえば高校生までの記憶しかない。そのあとはどうなったか記憶がない。

 死んでしまったのだろうか。トラック転生だろうか。

 学校の登下校時とか。


 葬儀には友達ゼロ人でもクラスメイトは来てくれたのだろうか。

 まあ、くるよな、現役なら。



 森へ到着。

 今日も、シュパッと祝福をしてもらい、森へ入る。


 どんどんやろう。


 この前のリンゴの木を目指しつつ周囲を広めに見て、他にめぼしいものがないか探す。

 いつなんどきチャンスが舞い込んでくるかわからない。


 お、おおおお。二本目の青リンゴの木だ。たわわですよ、たわわ。

 おっぱい以外で初めて使ったわ、たわわ。

 少し下に落ちているが、まだまだたくさんなっている。


「ここにもリンゴがある」

「「おおお」」


 俺たちは、お金の匂いに喉を鳴らす。

 お金があれば、美味いものが食べられるとすでに学習している。


 特に肉。


 本当なら肉も取りたいんだけど、取り方がいまいちわからない。

 日本では狩猟免許とかないと、ほとんど取ることができないし、場所や獲物の種類、罠の種類など限定されている。

 そんなの高校生で知識がある人は少ないだろう。


 青リンゴ、取りまくりんぐ。


 この辺はまだ人間の気配がするので、もしかしたら動物やモンスターが少ないのかもしれない。

 ゴブリンは人間を襲うこともあるが、怖がることもある。あんまり頭がよくなさそうなので、何も考えていないという線もある。


 とにかくそういう理由で、たまたま荒らされていないのだろう。


 落ちたリンゴにはネズミかリス、ウサギがかじった跡がある。

 全く何もいないというわけでもないらしい。


 リンゴ200個あまりを収穫した。


「大量だあ」

「ああ、いいね」

「幸先いいですね」



 そして一本目のリンゴの木を目指す。


「あった」

「まだ残ってますね」


 木には残してあった100個あまりのリンゴがなったままだった。

 この短い間に誰かもしくは魔物などに荒らされていないか、ついつい考えていた。


 案ずるより産むがやすし、とは言うが実際可能性というのは、ゼロじゃなければ不安になる。


 ゴブリンとのヒット率だってそうだ。


 とにかく敵が来る前に採ろう。


「さっさと採っちゃおう」

「う、うん」

「えへへ、お金」


 ミーニャの目が金になってる。しょうがないとはいえ、危険な兆候だ。


「ミーニャ、ラクーンだぞ。先に金を考えちゃダメだ。お金に溺れると危険だ」

「え? あ、うん、よくわかんないけど、わかったぁ」


 こりゃダメだな。

 単純思考だから執着までは行っていないのだろう。

 ただ目の前にお金がちらつくだけで。


「リンゴ、リンゴ、リンゴ……」


 ミーニャちゃんは謎のリンゴの即興歌を歌いながら、収穫を進める。

 俺たちは、集中を乱されるけど、頑張って作業する。

 お金ではなくリンゴに注目してくれているだけでも助かる。


 こうなってくると一種の仕事だな。

 別にニートを目指しているわけじゃないけど、仕事だと思うとやる気が減ってくる。

 しかしそうなると、お金への欲望もたまには重要だ。


「ほとんど採っちゃったね」

「ああ」


 木はほとんど葉っぱだけに戻り、リンゴはひどく傷んでいるものだけ残してある。

 これはリスとかが食べるだろう、知らんけど。



 早めに帰る。こういうときにエンカウントはぜひとも避けたい。

 ある意味、一番気が抜けないのはこういうときだ。


 貧乏人は小金相当を持ち歩いているときが、一番ドキドキする。


 森を無事に抜けた。


 そのまま草原も抜けた。


「ふぅ」

「ああ、戻ってきた」

「えへへ、街は安心だね」


 ここは草原からすぐのスラム街の端だけど、非常に落ち着く。

 リンゴはバッグとアイテムボックスにパンパンに入っている。

 容量はぎりぎりといえる。

 早く帰ろう。


 難癖とかつけられませんように、と祈りながら家まで戻る。

 自分の家が見えたときは、涙出ちゃいそうだったわ。


「戻って、きた」

「ああ、うん、ごめんください」

「ただいま、ママぁ」


 ミーニャは案外あっけらかんとしている。

 ラニアは自分の家ではないので、普通。

 俺は完全に、腑抜ふぬけになっている。


「あの、エド君、悪いんだけど、ジャムにしないの?」

「ああそうだな」

「やり方は見てたからわかるわ、ナイフ貸してもらってもいい?」

「いいよ」


 使えない俺に代わって、ラニアが作ってくれた。

 リンゴを多めに入れてジャムを鍋で煮る。


 お昼のことは忘れていた。


 第一弾のジャムができたら、ちょうどお昼だったのでご飯にした。

 うちでは普通になってきた各種野菜つき料理も、まだラニアは遠慮がちに食べた。

 今朝ジャムで怒られちゃったのが、まだ尾を引いてそう、マジごめんな。


 午後は俺も復活して、ジャムをひたすら作る。

 こうして夕方にはジャムが約40ビン完成したのだった。


 ちなみに空きビンは手持ちのお金とラニアの先行投資で、ドリドン雑貨店に買い付けに行ったんだけど、用途を当然聞かれた。

 そしてジャムの現物を見たドリドンさんはその場でビンの無償融資を決めて、俺たちからお金を取らなかった。

 ドリドンさんマジ、商才あるわ。

 デキる商人を相手にすると、楽でいい。


 こうしてジャムは、無事にドリドン雑貨店のスポット目玉商品として、棚を飾った。


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