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8.パンツとナイフ


 月曜日。

 また鐘が鳴る前に目が覚めた。


「エドぉ、むにゃむにゃ」


 相変わらずミーニャは寝言を言っている。主に俺関連の。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン、と鐘が鳴る。

 三の刻だ。


 驚いたはとが飛んでいき羽ばたく音がする。


 夜中の零時から数えて、午前二時が一の刻、午前四時が二の刻と呼ばれる。

 鐘が鳴るのは午前六時の三の刻、三の鐘から午後六時までで、夜中は鳴らない。

 お昼が六の刻で六回鳴る。

 次の午後二時が鐘の数は一回に戻り、一の鐘だけど七の刻と呼ばれている。

 夕方の午後六時が九の刻で鐘の数は三回だ。


 つまり表にするとこんな感じ。


  午前二時  一の刻

  午前四時  二の刻

  午前六時  三の刻 三の鐘

   ……

  正午十二時 六の刻 六の鐘

  午後二時  七の刻 一の鐘

  午後四時  八の刻 二の鐘

  午後六時  九の刻 三の2回目

  午後八時  十の刻

  午後十時  十一の刻

  午後十二時 十二の刻 (日付変更)


「あ、朝だぁ、エド、おはよぅ」

「ああ、おはよう、ミーニャ」

「うん、にへぇ」


 顔をゆるゆるにすると、ガバッと抱き着いてくる。


「んふんん、エド、すきぃ~」


 まだ寝ぼけているらしい。甘えまくってくる。

 まあかわいいからいいけどねっ。


 甘えん坊タイムが終わると俺は起きる。


 スラムに個室があるはずもなく、衣食住を一部屋で過ごす。

 隅にキッチンスペースが別に作ってあるだけだ。

 四人で雑魚寝しかできない。


 適当に手櫛で髪の毛を整える。ちょっと絡まってるところがある。

 水瓶みずがめから水を掬って、ちょろっと外へ出て顔を洗って終わりだ。


 なお自分の顔を鏡で見たことはないので、前世に似ているか、それともイケメンなのかは知らない。

 髪の毛は黒で、瞳も見たことはないが黒だと思う。

 黒髪黒眼は大変珍しくて、このスラムで同じ特徴の人には会ったことがない。

 ついでにいえば異世界風の風水「魔素占い」という一部の宗教的考えによれば「呪われている忌み子」だそうだ。

 だから同年代の子はほとんど俺に近寄ってこない。

 ただ、幸いなのは大人たちはこの魔素占いを、これっぽちも信じていないので、他の人と同様に差別なく接してくれる。

 ようは連綿と子供の間に受け継がれる、よくわからない、遊びの一種だ。


 着替えはない。着たきりスズメなのである。

 男の子は雑なシャツと七分丈のズボンだ。

 女の子は膝丈のワンピースとなっている。

 色は茶色。

 元々は薄茶だったんだろうけど、着っぱなしのせいか濃くなっている。

 身長が伸びて入らなくなると、ドリドン雑貨店に買い取りに出して、中古のおさがりを買う仕組みだ。

 靴はたぶんゴブリンのシンプルな革製。靴底は木でできているから、滑りやすい。


 世の男性たち、聞いて驚け「おぱんつ」は存在する。かぼちゃではない。

 女の子はワンピースの下はノーパンではない。ちゃんとパンツを穿いている。


 パンツは現代に近い形状で、男子はトランクス風、女子はゴムがなくて紐パンになっている。

 紐パンですってよ。


 男子はパンツも替えないが、女子はいつの間にか毎日パンツだけは交換しているらしい、と聞く。

 ミーニャも俺が外にある共同のスライムトイレに行っている間に、穿き替えていると、最近悟った。

 替えのパンツは俺たちが遊んでいる間に、メルンさんが洗濯して陰干している。


 スライムトイレとはスライムによる完全循環式エコトイレで、地区に何か所か設置されている。

 増えたスライムは錬金術の材料として、売れるらしい。何の製品になるかは知らない。

 スラムでは個人でトイレを持っている人はまずいない。

 だから排泄物による汚染はほぼない。ビバ異世界の謎技術。


「ところで、ギードさん」

「なんだいエド君」


「ギードさんって普段かなり仕事をしていると思うんだけど」

「まあ、そうだね」

「その仕事、一日で1,000ダリル以上は稼げているんですか? うちってかなり貧乏じゃないですか」

「うーん、実はね」

「はい」

「僕、仕事に向いていないのかな、ミスとかも多くて、いつも雑用の下働きしかさせてもらえなくてね、それで一日ちょうど1,000ダリルって感じなんだ。同じ仕事はしてても、日雇い扱いなんだ」

「そうだったんですか」

「はい」


 日雇いは雇用契約ではないので、福利厚生とかもない。

 この世界には元々、福利厚生なんてないかもしれないけど、定職ならもっとお賃金がもらえる。


「それから、実は、これでも隠れ住んでいる身なもので、それに世間知らずだし」

「ほーん」


 やっぱり何やらあるんですね。


「エド君も、ここ最近稼いできてくれるし、いざとなったら、このナイフとか売ればいいから」


 そういってナイフを見せてくれる。


【ミスリルのナイフ 武器 良品】


 あれ、なんかこれ既視感が。


 俺も懐からミスリルのナイフを取り出して見比べる。

 なんだこれ、そっくりだ。


「おお、エド君、きみは一体……」

「これは母のでして」

「ああ、トマリアの……」


 そういうとギードさんは一度目をつぶり、空中に聖印を切る。


 確証はないけど、死んだわけじゃない。「旅を無事に」という意味だろう。


「これは懇意にしているドワーフのナイフでね。エルフ族の親愛の証だ」

「こっちのもですか?」

「そう、だと思う。つまり僕たちには、遠からず何か関係があるのだと」

「そうなんですか、まあ知らないことは、わからないですね」

「そうだね」


「ちなみにコレ、いくらで売れるんですか?」

「そうだな、金貨三十枚、ぐらいかな」


 金貨三十枚、30万円か。

 日本とはお金の価値が違うから、30万円といっても、よくわからないわけだけど。


「大切にするように、それから、決して売らないこと」

「ああ、売れるのに、売ってはダメなんですね」

「そうだ。財産が認められない奴隷に落とされるなら、売ったほうがいいかもしれないが、それ以外は、あまりおすすめしない」

「わかりました」


 奴隷には借金奴隷、犯罪奴隷、戦争奴隷、法律上グレーな奴隷狩りの奴隷などがある。

 犯罪奴隷も罪が軽いなら大金を出せば解放される。

 ここのスラム街では奴隷狩りは、最初の頃はあったらしいが、最近は聞かない。


「ちなみにですが、ギードさんって手先は器用ですよね」

「そりゃあね、エルフだから、それなりには」

「あはは、そうですよね」


 腹案がある。

 下働きの肉体労働とかより、このエルフのおじさんは痩せてるし器用だったから、そっちのほうがいい。


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