金曜日。
イルク豆とカラスノインゲンの水煮の朝ご飯を食べて、草原に向かう。
販売用のミントティーのスペアミントの収穫をしないと。
「にゃらん、ぽらん……らったった、ららんらん」
今日もミーニャはご機嫌だ。
最近、ご飯が少し豪華になったのが、うれしいのか、なんなのか。
振り返ってみると、だいたい一年の九割以上でミーニャはご機嫌だったか。
俺と一緒にいるのが、大好きだからな。
その代わり、俺と完全に離れる必要が出てくると、だいたいは不機嫌になる、ということもあるが幸いなことにお子様には、そういう機会はほぼない。
これからが少し心配だ。
俺離れができればいいんだけど。
スペアミントを収穫して歩く。
もちろん見つけたら、食べられる量の範囲で、タンポポ草、ホレン草なども採取する。
「また生えてたっ」
近くでミーニャの声がする。
効率上、別々で採取はしているが、すぐに見える範囲にはいる。
これくらい離れてるだけなら、一緒の行動に含まれるようだ。
今日はミーニャもバッグを装備している。
父親のボロいおさがりだけど、大切に使っているバッグだ。
ミーニャの数少ない私物の一つだったりもする。普段は入れるものがほとんどないんだけど。
俺には母親トマリアが置いていった背負いバッグと、それから銀のナイフがある。
『鑑定』
【ミスリルのナイフ 武器 良品】
このように表示された。銀ではなく、ミ、ミスリルだったか。
いや銀の一種がミスリルなのかもしれないが、詳細は不明だ。知識が足りない。
伝説の魔法銀、貴重品ではないのかこれ……。
道理で全然メンテナンスしなくても
形見同然の品だ。大切に使おう。
スペアミントも識別しやすい見た目なので、採取ははかどった。
集中して作業すると慣れてきたこともあって、午前中だけで目標の山盛り一杯になった。
「よし、いいよう、終わりにしよう」
「はーい」
すぐ近くからミーニャがぶんぶん手を振っている。
そんなにアピールしなくても、よく見えているって。
かわいい笑顔が満開になっている。
『守りたい、この笑顔――交通安全週間』
なんか微妙な標語が頭の中を通過していったけど、気にしてはいけない。
ちなみにこの世界でも、馬車に
特に歩道という概念がないが、馬車が通過するときは端に寄ったほうがいい。
歩車分離ではないので、馬車がたまたまこちらに寄って走っていると、危険だ。
スラム街では馬車が通れないので、そういう意味では安全だ。治安そのものはそれほどよくないけど。
「ただいま戻りました」
「ママ、ただいまあ」
「まあ、おかえりなさい」
さて、お昼にしよう。
今日のお昼のメニューは、イルク豆とホレン草の水煮、タンポポサラダ。
ミントの収穫に全力を出したので、新しい美味しいものはない。
豆にホレン草が加わって、ちょっと味の変化があるだけでもうれしい。
あとタンポポサラダで口直しもできる。
やっぱり豆だけというのはこたえる。
ご飯を食べ終わり、午後は乾燥ハーブにする作業をする。
なるべく綺麗な毛布を一枚、出してきて庭に敷く。
そこにスペアミントを広げて置いていく。
「わわ、なるほどぉ」
俺がバッグを振りながらパラパラと落としていると、その作業にミーニャが感心するように、声を上げた。
そんな反応されると、得意になってしまいそう。
鳥とか強盗とかに盗まれないように見張りつつ、乾燥具合を見守る。
「わはあ、眠くなってきちゃった」
「そうだな」
「ちょっとお膝、借りるね」
「ちょい」
「むにゃむにゃ、エドぉ」
あっという間に俺の膝にミーニャが頭を乗せて、寝息を立て始める。
一瞬だ。普段の行動よりもずっと素早かった。なんてやつだ。
なんとなくハーブの匂いも漂っていて、そして春の日差しでぽかぽかしている。
確かにこれ以上の気持ちのいい春の陽気はないかもしれない。
そっとミーニャの金髪を
金髪は髪の毛が非常に細い。繊細で、とても綺麗だ。
芸術的だとも思う。
まるで地上に降りてきた天使のよう。
この世界では、また天使も幻想の生き物ではないらしい。
自分らしくないとぷっと笑いそうになる。
「ミーニャはね、エドのお嫁さんになる、むにゃむにゃ」
そんなこと考えてるのか、ほほう。
ミーニャは髪の毛を大切にしていて、毎日のように
やっぱり小さくても女の子だ。
その櫛は母親と共有だけれど、前世では当たり前の細かい櫛も、この世界では思った以上に値段が張るのを知っている。
たぶん、銀貨十枚、すなわち金貨一枚ぐらいする高級品だ。
基本的に貧民は髪の毛を伸ばさない。女性でも肩ぐらいまでが限界だけど、ミーニャのそれは背中ぐらいまである。
自慢の一つだし、近所の男の子も女の子も、それを羨ましく見つめているのを知っている。
この世界では髪の毛を伸ばすのは贅沢なことなのだ。
それを食事も満足にできないのに、頑張って維持しているミーニャは尊敬に値する。
どう考えても長髪は面倒くさい。
ミーニャは夕方近くまで、ぐっすりお眠りになられた。
俺はその間、足が
かわいいミーニャのすやすや眠る顔を見たら、とても動けなかった。
無事に乾燥ハーブは完成して、ドリドン雑貨店に向かった。
「ドリドンさん、ハーブ持ってきました」
「おお、エド、元気か? どれ見せてみ」
「はい」
バッグに詰めたハーブを見せる。緊張の一瞬だ。
「うん、乾燥してても匂いはするね。いいんじゃないかな?」
「ありがとうございます」
「料金は後払いになるけど、いいんだよね?」
「はい」
そういう話にしてあった。最初は信用がないから置いてもらうためには、こちらが譲歩すべきだ。
こういう考え方は、前世の知識も役に立つ。
すでに場所が確保してあり、置き場の真ん中に空きがあった。
そこにハーブを山盛りにしたザルに置くと、ドリドンさんがささっと値段を付けて、ディスプレイしてくれる。
『ほりゃららら 200ダリル』
文字が読めないが、何か書いてある。
おそらく「ハーブティー」とか書いてあるはず。
ダリルがこの国の通貨単位だ。
おそらく小ビン1杯で200ダリル銅貨二枚、200円相当だと思う。
まあ、悪い値付けではないと思う。知らんけど。
「では、よろしくお願いします」
「はいよ。売れるといいな」
「ありがとうございます」
俺は再び頭を下げて、お店を後にする。
ミーニャも俺に倣って、同じように頭を下げてくれた。
「いやあミーニャちゃんにまで頭さげられちゃ、おじさん頑張って売るぞ」
「はい、お願いしますね」
かわいい、かわいいミーニャに邪気が一切ないお願いをされたら、断れる人なんていないね。
ミーニャの『お願い』は、すごく効く。