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6.ミントティーの販売


 金曜日。

 イルク豆とカラスノインゲンの水煮の朝ご飯を食べて、草原に向かう。

 販売用のミントティーのスペアミントの収穫をしないと。


「にゃらん、ぽらん……らったった、ららんらん」


 今日もミーニャはご機嫌だ。

 最近、ご飯が少し豪華になったのが、うれしいのか、なんなのか。


 振り返ってみると、だいたい一年の九割以上でミーニャはご機嫌だったか。

 俺と一緒にいるのが、大好きだからな。


 その代わり、俺と完全に離れる必要が出てくると、だいたいは不機嫌になる、ということもあるが幸いなことにお子様には、そういう機会はほぼない。

 これからが少し心配だ。

 俺離れができればいいんだけど。


 スペアミントを収穫して歩く。

 もちろん見つけたら、食べられる量の範囲で、タンポポ草、ホレン草なども採取する。


「また生えてたっ」


 近くでミーニャの声がする。

 効率上、別々で採取はしているが、すぐに見える範囲にはいる。


 これくらい離れてるだけなら、一緒の行動に含まれるようだ。


 今日はミーニャもバッグを装備している。

 父親のボロいおさがりだけど、大切に使っているバッグだ。

 ミーニャの数少ない私物の一つだったりもする。普段は入れるものがほとんどないんだけど。


 俺には母親トマリアが置いていった背負いバッグと、それから銀のナイフがある。


『鑑定』


【ミスリルのナイフ 武器 良品】


 このように表示された。銀ではなく、ミ、ミスリルだったか。

 いや銀の一種がミスリルなのかもしれないが、詳細は不明だ。知識が足りない。

 伝説の魔法銀、貴重品ではないのかこれ……。

 道理で全然メンテナンスしなくてもびないなとは思ってた。

 形見同然の品だ。大切に使おう。


 スペアミントも識別しやすい見た目なので、採取ははかどった。

 集中して作業すると慣れてきたこともあって、午前中だけで目標の山盛り一杯になった。


「よし、いいよう、終わりにしよう」

「はーい」


 すぐ近くからミーニャがぶんぶん手を振っている。

 そんなにアピールしなくても、よく見えているって。

 かわいい笑顔が満開になっている。


『守りたい、この笑顔――交通安全週間』


 なんか微妙な標語が頭の中を通過していったけど、気にしてはいけない。

 ちなみにこの世界でも、馬車にかれるなどの交通事故は発生しているので、街中や街道を歩くときは、注意がいる。

 特に歩道という概念がないが、馬車が通過するときは端に寄ったほうがいい。

 歩車分離ではないので、馬車がたまたまこちらに寄って走っていると、危険だ。


 スラム街では馬車が通れないので、そういう意味では安全だ。治安そのものはそれほどよくないけど。


「ただいま戻りました」

「ママ、ただいまあ」

「まあ、おかえりなさい」


 さて、お昼にしよう。


 今日のお昼のメニューは、イルク豆とホレン草の水煮、タンポポサラダ。

 ミントの収穫に全力を出したので、新しい美味しいものはない。


 豆にホレン草が加わって、ちょっと味の変化があるだけでもうれしい。

 あとタンポポサラダで口直しもできる。


 やっぱり豆だけというのはこたえる。


 ご飯を食べ終わり、午後は乾燥ハーブにする作業をする。


 なるべく綺麗な毛布を一枚、出してきて庭に敷く。

 そこにスペアミントを広げて置いていく。


「わわ、なるほどぉ」


 俺がバッグを振りながらパラパラと落としていると、その作業にミーニャが感心するように、声を上げた。

 そんな反応されると、得意になってしまいそう。


 鳥とか強盗とかに盗まれないように見張りつつ、乾燥具合を見守る。


「わはあ、眠くなってきちゃった」

「そうだな」

「ちょっとお膝、借りるね」

「ちょい」

「むにゃむにゃ、エドぉ」


 あっという間に俺の膝にミーニャが頭を乗せて、寝息を立て始める。

 一瞬だ。普段の行動よりもずっと素早かった。なんてやつだ。


 なんとなくハーブの匂いも漂っていて、そして春の日差しでぽかぽかしている。

 確かにこれ以上の気持ちのいい春の陽気はないかもしれない。


 そっとミーニャの金髪をでる。

 金髪は髪の毛が非常に細い。繊細で、とても綺麗だ。

 芸術的だとも思う。


 まるで地上に降りてきた天使のよう。

 この世界では、また天使も幻想の生き物ではないらしい。


 自分らしくないとぷっと笑いそうになる。


「ミーニャはね、エドのお嫁さんになる、むにゃむにゃ」


 そんなこと考えてるのか、ほほう。


 ミーニャは髪の毛を大切にしていて、毎日のようにくしかしている。

 やっぱり小さくても女の子だ。


 その櫛は母親と共有だけれど、前世では当たり前の細かい櫛も、この世界では思った以上に値段が張るのを知っている。

 たぶん、銀貨十枚、すなわち金貨一枚ぐらいする高級品だ。


 基本的に貧民は髪の毛を伸ばさない。女性でも肩ぐらいまでが限界だけど、ミーニャのそれは背中ぐらいまである。

 自慢の一つだし、近所の男の子も女の子も、それを羨ましく見つめているのを知っている。

 この世界では髪の毛を伸ばすのは贅沢なことなのだ。

 それを食事も満足にできないのに、頑張って維持しているミーニャは尊敬に値する。

 どう考えても長髪は面倒くさい。



 ミーニャは夕方近くまで、ぐっすりお眠りになられた。

 俺はその間、足がしびれそうになっていたけど、我慢したよ。褒めてくれ。

 かわいいミーニャのすやすや眠る顔を見たら、とても動けなかった。


 無事に乾燥ハーブは完成して、ドリドン雑貨店に向かった。


「ドリドンさん、ハーブ持ってきました」

「おお、エド、元気か? どれ見せてみ」

「はい」


 バッグに詰めたハーブを見せる。緊張の一瞬だ。


「うん、乾燥してても匂いはするね。いいんじゃないかな?」

「ありがとうございます」

「料金は後払いになるけど、いいんだよね?」

「はい」


 そういう話にしてあった。最初は信用がないから置いてもらうためには、こちらが譲歩すべきだ。

 こういう考え方は、前世の知識も役に立つ。


 すでに場所が確保してあり、置き場の真ん中に空きがあった。

 そこにハーブを山盛りにしたザルに置くと、ドリドンさんがささっと値段を付けて、ディスプレイしてくれる。


『ほりゃららら 200ダリル』


 文字が読めないが、何か書いてある。

 おそらく「ハーブティー」とか書いてあるはず。


 ダリルがこの国の通貨単位だ。

 おそらく小ビン1杯で200ダリル銅貨二枚、200円相当だと思う。

 まあ、悪い値付けではないと思う。知らんけど。


「では、よろしくお願いします」

「はいよ。売れるといいな」

「ありがとうございます」


 俺は再び頭を下げて、お店を後にする。

 ミーニャも俺に倣って、同じように頭を下げてくれた。


「いやあミーニャちゃんにまで頭さげられちゃ、おじさん頑張って売るぞ」

「はい、お願いしますね」


 かわいい、かわいいミーニャに邪気が一切ないお願いをされたら、断れる人なんていないね。

 ミーニャの『お願い』は、すごく効く。


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