引き続き木曜日午後四時。
家に戻ってきた。
「メルンさん、ただいま」
「ママただいま~」
「あらおかえりなさい」
「おかえりなさいワン」
ミーニャの母親メルンさんは、近所の犬耳族のパトリシアおばさんと話していた。
「いろいろ採ってきたよ。まずははいこれ、スペアミント」
「ミントね。ミントなら知ってるわ。スーッとして気分が良くなるのよね、懐かしいわ」
「なるほど」
「お茶を出すから、しばらく話を続けてて」
「そうね」
さすが謎が多いエルフのメルンさん。
たぶんこの人、元は良いところのお嬢様なんだと思う。
だから知識とかいろいろもってるはずなんだけど、世間知らずでもあって、料理を作る才能に乏しい。
俺が指示すれば料理は出来る。どんなものを作るかは知ってるのに、作り方は知らない、という感じがする。
鍋でお湯を沸かして、ミントのハーブティーを出す。
「いただくわ」
「いただくワンね」
「美味しいわ」
「美味しいワン、本当にスーッてするワンね」
犬耳族は、頭に犬耳、お尻の上に犬尻尾が付いている以外は、ほとんど人族と同じだと思う。
肉が特に好きとかは、あるかもしれない。
でも野菜がダメとかはないはず。
「これは、素晴らしいワン」
「ええ、そうね」
おばさんたちは、しばらくハーブティーを楽しんで、大変好評だった。
「ねえあなたたち、そうこれよ、ミントティーだワン」
「なにが?」
「このミント。たくさん採ってこれるかしらワン」
「そこそこの量なら、採ってこれるよ。無限には無理だけど」
「私が仲介するワン。ドリドン雑貨店で売るワン」
「あーなるほどねぇ」
ドリドン雑貨店は、この辺の唯一といってもいいお店で、黒パン、イルク豆、干し肉、あと塩を売っている店だ。
要するに俺たちの生命線でもある主食を、メインで扱っているお店だ。
それほど大きくないけど、スラムの家よりはよっぽど立派で、夜はちゃんと正面が閉じられる。
地区では税金がないんだけど、ドリドン雑貨店の売り上げから地区の財源が出ていて、自警団の給料も原資はここが元手らしい。
影響力はデカい。
そんな独占販売のお店に、俺たちのハーブなんか置いてくれるのかと思うけど、半分は子供の遊びだと思って、少しの期間は付き合ってくれるかもしれない。
あそこのおじさんとおばさんも俺とは知り合いだ。
俺の母親トマリアとも非常に仲良くしていた。
「わかったよ。乾燥ハーブでいいかな?」
「そうね。それがいいかもしれないワン」
「わかりました。じゃあ、明日さっそく準備するよ」
「お願いワン。午前中に話しておくワン」
「お願いします。あ、小ビンとかないんで、小分けの入れ物は持参でってことで」
「そうね。他の商品と一緒ワン」
「そうそう」
量り売りは本来、
しかし定量販売で使うビンは値段がそこそこする。
ビンに詰たものは、ビンのほうが中身より高いとかいうことになりかねない。
そのためスラム街では安いものだと入れ物持参での量り売りが横行している。
量り売りが可能なのはドリドンさんへの信頼によるところが大きい。
犬耳族のパトリシアおばさんとメルンさんの会話は長い。
そしてどうも、パトリシアさんは腰痛持ちらしく、いつも治療魔法を掛けてもらっている、ということだった。
街で施術してもらうと、値段が三倍はするらしいので、メルンさんには感謝しているとか。
ほら、もう夕方になり掛かっている。
そろそろ夕ご飯の準備をしないと。
「では、さようならワン」
パトリシアおばさんの時間泥棒め。
さて今晩の料理の内容を確認しよう。
イルク豆とホレン草とカラスノインゲンのニンニク炒め。
ノビルの素焼き。塩を一振り。
タンポポ草の生サラダ。こちらも塩を一振り。
それからスペアミントのハーブティー。
イルク豆の水煮だけに比べたら、ずっといい。
一度茹でたイルク豆とカラスノインゲンをホレン草と共に炒めて、ニンニクを入れると、匂いが一気に広がる。
「おお、今日はなんだか、いい匂いがするな。どれどれ」
日雇いの仕事から帰っていたギードさんも気になるらしい。
「なにこれ! なにこれ! すごい匂い!」
ミーニャも大興奮。
こら、そこの子犬。静かにしなさい。
ミーニャは大きな目がまん丸で、かわいい。
ノビルも焼くと、ネギかニンニク系の匂いがしてくる。
量としては、付け合わせレベルの少ないものだけど、ないよりは賑やかになるから、いいと思う。
「「「いただきます」」」
ぱく。
「んっ」
「お~いし~い」
「ああ、美味しいな」
「これも、美味しいわね」
みんなニンニク炒めも気に入ったようだ。
よかったよかった。
こうして塩味以外の、ニンニク炒めが我が家のメニューに加わった。
なお、ニンニクは日持ちするので、まだ採ってきた残りがそこそこある。
前世だと、スラム街のイメージって、都市部なら壁にスプレーで落書きがあって、プラスチックやビニールのごみが散乱していて汚くて、野犬が徘徊しているような感じだ。
しかしここは家が粗末なことを除けば、だいたい綺麗だったりする。
まずプラスチックがないので、ごみがない。
そして野犬もいない。スラム街では犬や猫がいたら食べられてしまうと、言われたことがある。
俺は犬猫を食べたことがないので真相は知らないけど。
城壁内では、犬猫のペットも普通に歩いているので、その辺は治安と文化の違いなのだろう。
また、土むき出しかと思いきや、意外と隣家とは空間が少しだけ空いていて、草が生えている。
ただ有用な草はほぼ生えていない。
うちにも特に意味のない庭がある。
そこにニンニクとノビル、ホレン草を植えようと思う。
庭にあれば、採りに行かなくても済むし。
「ミーニャ、手伝って」
「はい、にゃんっ」
たまに猫耳族みたいに返事をする。気に入っているらしい。かわいい。
「ニンニクとノビルを植えます」
「植えるの!」
二人で家の裏に、ニンニクとノビルの余りを植えた。
ニンニクは全部植えないで、家の中に残しておく。
万が一、庭を掘り起こされて、全部盗まれたらショックだ。
ホレン草は、葉っぱしか採ってこなかったので、植えられない。
これはちょっとしくじった。
タンポポ草も特にこれは雑草なので植えるという考えがなかった。
一部の葉っぱだけ採れば、また新しい葉が生えてくるからエコだとも思っていた。
だから根っこごと採取していない。
まあいいか。タンポポ草はさすがに近所から全部なくなったりしないだろう。