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第1話 虐げられ続けた令嬢1-2

(きっと何かの間違い……。ちゃんと調べて貰えれば……)

「その魔導ギルドだが問い合わせたところ、そんな依頼は来ていないと言っていたぞ」

「え」


 毎月、叔父夫婦に研究費を渡していたはず。そもそも魔導ギルド職員に屋敷まで足を運んでもらい、依頼内容もしっかり目を通し、署名捺印まである。だがそれすらもクリストファ殿下は否定した。


(まさか……。今までの叔父夫婦が豪遊に使ったのは、私が渡した研究費!?)


 周囲を見渡すと叔父夫婦の姿が見えない。叔父は仕事だったとしても、夜会やパーティー、買い物以外は屋敷に居る叔母が居ないのはおかしい。


「そもそも百年以上前に滅んだ国を今更復興したいなど、何を考えているのだ」

「なっ──」


 先ほどの言葉よりも衝撃的で、脳天を殴られたようだった。私にとって三年しか時が経っていないというのに、殿下との話が嚙み合わない。今更ながらに疑問があふれ出る。


(三年だと思っていたのは私の記憶違い? でも隣国の街並みや雰囲気がだいぶ違うと感じたのは、隣国だから──ではなく時代の違い?)


 お茶会や社交界での会話に時々違和感があった。服装もより派手で洗練されたデザインになっており、建造物も隣国とは違い発展していると衝撃を受けた。

 なにより私を屋敷に閉じ込めるように毎月山のような発注書が届く。そのせいで他に頭を回している余裕もなかった。錬金術や付与魔法は我が国では珍しくはなかったけれど、滅亡して百年が経っているなら失われた技術になるのでは?

 竦まれて、何も知らない私を利用して、搾取し続けていた──?


「さあ、我が国の生贄、いやとして指定の場所へ案内しよう」

「クリストファ殿下、待ってください!」


 ここで諦めたら誰が祖国の呪いを解くというのだ。そう反論しようとしても、有無を言わさず私は保護というか拘束された。

 逃亡を恐れてか甲冑に身を包んだ騎士に囲まれて、両手を縛り上げられる。これではまるで罪人、いや生贄じゃないか。どこが聖女だというのか。この国の聖女が人身御供となる存在を指すのであれば、間違いではないが。


「そもそもフィデス王国の復興を掲げていたのはクリフォード子爵の発案とお前は言うが、社交界で子爵がそのような発言や行動を一切見ていない」

「なっ……」

「お前を働かせる口実があれば何でも良かったのだろう。亡国の復興など誰も望んでいない」

(そんな……。私の三年間の全ては一体なんだったというの)

「きゅう!」

「フラン!?」


 私の部屋から飛び出してきたのは、緋色のオコジョのフランだ。三年前に私と一緒にエルジア王国に入国した大切な友人。

 最初の頃は病弱だったのが看病の末、今では元気いっぱいに屋敷内を飛び回るようになった。伯父の話では、フランはかなり上位精霊で人にも見えるらしい。フランは私の肩に乗り、枢機卿とクリストファ殿下に向けて毛を逆立てて威嚇する。

「フーッ!!」と、クリストファ殿下に敵意を向け襲い掛かる。


「ひっ!」

「殿下、お下がりください!」


 枢機卿が手を翳し魔法障壁を展開。

 突如フランの目の前に白い魔法障壁が生じ、フランの体は弾かれてしまう。


「きゅん!」

「フラン!」


 フランが床に叩きつけられそうになるのを抱きとめようと駆け出したが、騎士たちに体を抑え込まれてしまい床に倒れ込む。「大人しくしろ」と、怒号が飛ぶ。


「――っ!」


 激痛が走り、うめき声が漏れた。

 骨が軋む。力任せに床に叩き潰された際、足首を痛めたようだ。

 いや足だけではなくあちこちが痛い。

 熱い。

 息が苦しい。それでも床に転がるフランの元に這ってでも向かおうとした。それが気に入らなかったのか、クリストファ殿下は私の体を何度も踏みつける。


「第二王子である、私に、怪我を、させようとするのは、どういうつもりだ。答えろ、オリビア!」

「がっ、……ごほごほっ」


 暴行を受けても誰も助けてはくれなかった。自分の身を護るため両腕で頭を庇い縮こまる。理不尽で身勝手な言動。意識が遠のきかけた時、枢機卿が声をかけた。


「クリストファ殿下、これ以上はお控えください」

「しかしサイモン枢機卿。王族である私を──」

「上位精霊が暴走するというのは、契約者の感情が大きく乱れたからでしょう。彼女は大切な聖女様ですよ。あまり傷をつけてはなりません。……竜魔王の怒りを買いたいのですか」

「っ──チッ」


 竜魔王。

 その言葉にクリストファ殿下は動揺し、苛立ちを呑み込んだ。

 海の彼方に存在するグラシェ国は、竜人族やドワーフ族、エルフ族など多種多様な種族が存在する古き神が残した大国で、祖国フィデスと国交を結んでいた。

 昨今、魔物問題に人類が怯えずに暮らしているのも全て竜魔王が存在しているからに他ならない。人類にとって絶対に敵に回してはならない存在、そう昔から教えられてきた。


 王族であるクリストファ殿下ですら下手を打てないとわかっているからこそ、これ以上の暴行はなかった。逆にそれだけの理由がなければ暴行は続いていただろう。竜魔王によって命が救われた──いや竜魔王の生贄発言がなければ、私がこうなることもなかったが。


(エレジア国の次はグラシェ国……。死ぬまで利用されて搾取され続けるの?)

「サイモン枢機卿、彼女に治療をかけてやれ」

「承知しました。それでは聖女様は私どもが責任をもって竜魔王様にお届けします」

「ああ、そうしてくれ」

(フラン……)


 床に倒れているフランへ手を伸ばそうとするが届かない。

 あと少しだというのに体が痛くて動かなかった。

 竜魔王のお告げ。

 生贄なんて国交を結んでいたフィデス王国にはない風習だった。

 竜魔国グラシェは竜魔人が治める法律国家で、秩序と統制が取れた自然豊かな国。竜の庇護を受けていたフィデス王国は貿易も盛んだったのに現在は──この国と国交を結んでいるのか。


(どうして、こんなことに?)


 昨日までは貧しいながらもフランと一緒だったから耐えられた。三年の期限も目前で僅かな希望だってあった。亡国の令嬢としてエレジア国に保護され、子爵としての地位を用意してくれた。叔父夫婦が豪遊していなければ、生活する分には困らなかったはずだ。

 全ては都合のいい情報だけを与えて、いいように手のひらで踊らされていた。

 私は知らな過ぎた。亡国を救うために内職する日々ばかりで、情報を集める時間がなかったなんてそれは言い訳でしかない。


「では聖女様を馬車に」

「はっ!」

「痛っ、待って。待ってください。フランを、フランを助けて!」

「ああ、大丈夫だよ。オリビア」


 甘い声でクリストファ殿下は私にそう告げた。最後の慈悲でフランを助けてくれるのだろう。そう思っていた私の期待は一瞬で打ち砕かれた。

 クリストファ殿下が抜身の剣を手にしている姿を見た瞬間、ゾッと背筋が凍り付いた。その刃先は私ではなく、フランに向けられたのだから。

 唇が戦慄き、衝動的に飛び出した。騎士たちを振り切ろうとするが間に合わない。取り押さえられ床に叩きつけられる。

 痛い。

 苦しい。

 でもそんなことよりもフランを──。


「殿下、……どうか。お願いです、フランを」

「君も生贄になって奉げられるのだから、せめてもの情けに上位精霊も一緒に送ってあげよう」

「や、やめてぇええ!!」


 私の言葉も虚しく刃は振り下ろされた。


 ***


 その日、私は馬車で神殿の医務室へと案内された。もっとも外見で見えるところのみの治療で、折れた骨はそのままだった。

 その後、神殿で『清浄の儀』と称した水浴びを強要され、身綺麗にはなったが質素で飾り気のない麻の服に袖を通した。装飾品の一つもない。

 けれどフランを失った今、私にはどうでもよかった。

 神殿の聖女見習いたちの心ない暴言も、嫌がらせも、どこか遠くから聞こえてきて現実味がない。


(フラン……。ごめん。私と出会わなければ、あんな死に方なんてしなかったのに……)


 聖女見習いたちは私の反応が乏しかったからか、早々に飽きてどこかに行ってしまった。嫌がらせや罵倒、体罰も叔父夫婦や屋敷の使用人たちから受けることが多かった。だから慣れていると言えば変だが、感情が死んでいたと思う。

 あっという間に神殿での準備を終えた所に、修道服に身を包んだ女性が姿を見せる。私と異なり上質な絹で作られた白いドレスに身を纏い、金の刺繍をあしらったベールを被っていた。私と同世代だろう。


 桃色の髪に、透けるような白い肌、彼女は──エレジア国の聖女エレノア様だ。

 もし本当に竜魔王が聖女を望んだのなら、彼女が生贄の役目を担わなければならないというのに、どうして私になってしまったのだろう。


「身代わりご苦労様、ハズレくじを引いた鹿

「…………え」

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