――ここはどこだ?
目覚めて最初に目の当たりにした、どこかの安宿の一室といった感じの風景に、俺は一人まずそう思った。
ベッドフレームは少し動くだけで軋むように音を立て、その上に乗ったマットレスはがちがちに固まっており、布団は涙が出るほどに薄っぺらく温かみがない。
部屋の中は木造宿の一室といった風景で、ベッドサイドにテーブルが一つ置かれているほかは何も物がなく、灯りの消えたランプが朝日の中で寂しそうに油を湛えている。
――ここはブレイヴ王国首都リンデンの平民街にある宿だ。
自分の中にある自分の物ではない記憶が、そう呟いている。
この世界にはいくつかの王国が存在するが、ブレイヴ王国もその中の一つ、大陸北西に存在する、歴代の勇者を輩出する役割を担ってきた王国である。
この身体の持ち主であるトミヒコ――姓は無いらしい――は、記憶によればブレイヴ王国の金貸しの子飼いとして借金取りをやって日銭を稼いでいるらしい。
仕事はわりと自由が利くが、成果を出せない者には冷たい飼い主であるため、それなりに必死に借金取りをする事になっていたようだった。
ふとベッドサイドを見ると、壁のある方の目立たない位置に、一振りの剣が鞘に収まって落ちている。
その鞘には"
その名前を見て、俺は先ほどまで意識にあったはずの天使パスタ72とのやり取りを思い出す。
そうだった。
俺はこの魔剣とともに、童貞を卒業して、最強になるんだった。
ひとまず何とか試行錯誤して鞘を腰に下げる。
心なしか、自分の自信が高まって、自分が格好良くなったかのような気分になった。これがこの魔剣の持ち主の魅力を高めるという効果の一端だろうか。分からないが、ひとまず鏡を確認しに洗面台に向かう。
顔を見る。驚くほど前世の自分の顔に似ている。トミヒコのキャラデザはもうちょい異国風だったはずなので、自分が転生した事で日本人風の顔立ちに寄ってしまったのだろうか。しかし今の顔つきはなんとなく結構イケメンとも言えなくもないもので、少なくとも前世よりは明らかに良くなっている気がする。前世に似た顔で上位互換を作ったような感じだ。結構見ていて気分がいい。
そこで天使とのやり取りを思い出し、なんとなく股間を確認する。天使パスタ72の言う通り、無事サイズアップにも成功していたようだった。めでたい。
「……ひとまず行動の指針を定めようかな?」
異世界に来て、俺のやるべき事というのは今の所今まで通り借金取り業をするくらいである。
だが、せっかく異世界に転生したのである。
俺は異世界を楽しみつくす気満々だった。
少なくとも、目下最大の目標であるのは、強い美少女とエッチをして、俺の強化を図りつつ、我が本願である童貞の卒業を果たすことであろう。
強い美少女というと、最初に思いつくのは、ゲームインストール前に読んだウィキやゲームのパッケージ画像に載っていた、このゲームのメインヒロイン達だ。
彼女たちはみな揃って強者揃いらしく、本編では主人公とパーティを組んで一緒に冒険したりしているらしい。そんな彼女たちとエッチする事ができれば、俺は大層強くなって、世界最強と言える存在に近づけるだろう。
世界最強……
言ってみると、なかなか響きがいいな。
いい。
実にいい。
せっかくなら世界最強を目指そう。異世界は危険も多そうだが、とにかく強ければあまり死ぬこともないだろう。
うん、一つ最終目標が定まったな。
俺はこの異世界で、世界最強になる。
いい目標だ。
心のノートにこの一文を記し、大切に引き出しの中にしまっておく。
さて。
メインヒロインたちの事を思い出していると、俺はトミヒコの記憶の中に、メインヒロインと引っかかる記憶がある事に気づいた。
俺はその記憶に従い鞄の中身を漁ると、そこに入ったたくさんの借金証書のコピーの中に、とある借金証書がある事に気づく。
その借金証書の契約相手の名前は、レミィ・パンナコッタ。
自由そうな雰囲気の髪型と顔立ちをした風属性の魔法使いでありながら、地雷系ファッションに身を包んだ独特のキャラデザが人気を博している、このゲーム〈マンダクルガ・クエスト〉のメインヒロインの一人である。
それを見て思い出した。
このゲームのウィキに、確かにトミヒコの項があった。
そこにはこんな事が書かれていた。
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トミヒコはレミィ登場時に借金取りとしてレミィに絡んでいるところを、主人公にぼこぼこにされる悪役モブである。それ以後も何人かのメインヒロインの登場時になぜか絡んでいる、作中の定番かませ犬キャラであり、登場キャラ中の人気投票では見事最下位に輝いている嫌われ者でもある。
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なんか俺と同じ名前のキャラがいるなーと思って目に留まっていたのだが、まさか俺自身がこのキャラになるなんてその時は思ってもいなかった。
なんにせよ一つ言えるのは、うかつに人目につくところでメインヒロインの借金を取り立てようとしたら、俺は主人公に出会ってしまいとんでもない目に遭わされる可能性があるという事だ。
だが一方で、俺はたしかにあの美少女レミィちゃんとエッチがしたい。
であるならば、レミィちゃんと会う事は必要不可欠といってもいいだろう。
借金取りというきっかけで近づくのも、見方によっては意外とエッチしやすいかもしれない。なにせ立場はこちらが完全に上なのだ。
そう思った俺は、今日の行動の方針を確定させる。
俺は今日、この首都の一角に暮らしているらしいレミィ・パンナコッタちゃんの家を訪問し、レミィたんと、エッチしてみせる……!
脳みその芯までピンク色に染まった俺の行動は早かった。
宿の堅いパンとスープに干し肉という食事を早々に平らげると、俺はすぐさま部屋を引き払い、街角の地図を参考にレミィたんの住所に向かう。
順調だ。
これで俺は童貞を卒業できてしまうかもしれないぞ、むふふ……
そんなIQ3くらいの思考をしながらレミィたんの家を目指す俺はこのとき、忘却していた。
レミィたんは本ゲームのファンたちに「あたおかフリーダム地雷系地雷」という非常に不名誉な異名をつけられている事を。
この異名がつくに至るほどのその特異な人格は、常人には測りがたいほど自由すぎるものであり、そんな彼女にエッチを迫るという事がいかに難しいのかを、俺はこの時一ミリも理解していないのだった……!