俺の名前は
この苗字に生まれついたものの宿命について、すでに察しのいい人なら察しているかもしれないが、俺は小中高と12年間に渡って、長らく「エロトミヒコ」という不名誉なあだ名を頂戴し、男女問わず馬鹿にされ弄られ時に虐められ、溢れんばかりの性欲にも関わらずいまだこの身体は清き童貞を保ち、灰色の青春を送ったまま高校生活をこの3月に終えた。ちくしょうが。
ゲームのやりすぎで大学受験にも失敗した俺は、溜まった鬱憤を発散すべく、今、大都会東京の片隅にある怪しげなゲームショップを訪れていた。
路地裏の目立たない位置に存在するその店は、看板すら出ていないが、店先に申し訳ばかりに並ぶ可愛らしいイラストのレトロゲームの数々が、俺の求めている種類のゲームが存在する事を予感させる。
その直感に従い入店すると、雑多にレトロゲーム類が並ぶ店の奥にびびっとくるゲームを発見。
その名も〈マンダクルガ・クエスト〉。どうやらエロゲ、というジャンルに分類される古き良きPCゲームらしい。
既に高校を卒業している俺は、堂々とエロゲというジャンルをプレイすることができる身分である。実をいうとエロゲなんてやったことはなかったが、前から興味はあった。〈マンダクルガ・クエスト〉のパッケージに映る女の子たちはみな可愛らしく、人気ソーシャルゲームのキャラクター達にも全然負けていない独特のキャラデザと魅力を誇っていた。実をいえば俺の直感というのは単にパッケージの女の子がエロ可愛かった以上でも以下でもなかったりするのだが、いずれにせよ今、俺を止めるものは何もない。俺は即座にお小遣いを放出し、そのエロゲを購入した。
今夜の俺は王様だ。
俺は誰にも妨害されないまま帰宅し、早速〈マンダクルガ・クエスト〉をインストール開始する。
帰る途中にこのゲームのウィキなどをググり読んだが、このゲームは15年ほど前に作られたアダルトゲームで、当時は史上稀に見る名作エロゲとして名高かったらしい。
主人公は冒険者の男で、この男が世界を股にかけて冒険しながら、色々な国のお姫様や美少女たちとどんどんエッチしていく。主人公は「暴食の魔剣」という食えば食うほど強くなるという特性を持つ魔剣を持ち、強力なモンスターを次々と狩り、それらを食べてどんどん強くなっていく。この世界に7本しか存在しない「魔剣」でしか倒せない「魔人」という存在がこの世界には生きているが、これも主人公は倒していく。そうして世界の王にまで成り上がっていき世界を救う壮大な物語が、この〈マンダクルガ・クエスト〉のおおまかなストーリーである。
……面白そうじゃないか。
なにせ、いろいろな国のお姫様や美少女とエッチしていくというのが抜群にいい。
むふふな展開の数々を期待し、ピンク色に染まった脳みそでインストール画面が進行しているのを眺めていると、なにやら、次第にPC画面が白く光っていくことに気づく。
はて、なんだこれは?
演出か何かか?
そんな事を思いながら、どこか惹きつけられる魔力のようなものを持つその白い光をただぼんやり眺めていると、光はみるみるうちに強くなり、俺の全身は光に包まれ、世界が真っ白になる。
「……!?」
そのまま俺は意識を失い――
気づけば俺は、美少女の天使、らしき存在と向き合って座っていた。
「……へ?」
周囲は真っ白な空間。
目の前には白いテーブルが置かれ、天使がぱちんと指を鳴らすと、どこからともなく紅茶らしき液体の入ったティーカップが現れ、天使は早速それに口をつけてこくりと飲む。
天使は白い天使の輪を光らせ、その相貌は見たことがないほどの眩い美少女だ。真っ白なワンピースに身を包み、その袖は複雑なフリルに彩られ、赤、青、黄、緑、白、黒の6色の宝石がワンピースの胸元に光っている。
天使の羽根も6色に色塗りされており、輝かしい光を放って目の前の存在が尋常な存在ではない事を俺に教えてくれているかのようだった。
「ふむ。美味です。やはり紅茶は王華王国産に限りますね……どうしました? なにはともあれ、一口飲んでみては?」
俺にも紅茶を進めてくる超常存在だったが、ひとまずはこういわせてもらう事にしよう。
「いやいやいやいや、唐突すぎるって!」
天使は、俺の叫び声がうるさかったのか、両耳に手を当てて音を防ぐポーズをしてから(可愛い)、あらためて俺に向き合いにこっと笑いかけてくる(めっちゃ可愛い)。
「それは失礼しました、あなたの器を見誤っていたようです。あなた、ちっちゃいですね、そのおちんちんといっしょで」
そう言われて自分の身体を見ると、俺は今、自分が全裸で白いチェアに座っている事に気づいてしまった。
「んな……! な! な! な! なんてこというんだ! 男のサイズをバカにしていいのは中学校までって相場が決まってるんだぞ!」
「大丈夫です、これからあなたが転生する肉体、悪役モブのトミヒコくんは、ちゃんとあそこだけは立派です」
「いやいやいや、一体何を言って……へっ、転生?」
「はい、あなたはこれからこの〈マンダクルガ世界〉に転生し、第二の人生をスタートするのです。ここにいるのは、そのローディング時間の間の、天使であるわたしの戯れですね」
「……マジ?」
「はい。あと、あなたには転生特典として願い事を叶えることがある程度の範囲で許されています。何かこの世界の人生で願う事はありますか?」
「いきなりそんな事言われても、って感じではありますが……」
「願い事、ありますよね? 童貞、卒業したいんでしょう?」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
「童貞のみなさんはみなそう言うものです。それで、童貞捨てたくないんですか?」
「捨てたいです!」
「素直でよろしいです。他に願いはありますか?」
「んー、異世界行くならやっぱ最強主人公がいいかな」
「残念ながらあなたの転生先は名もなき悪役モブ、トミヒコくんと決まっています。ですが……そうですね、それも面白いかもしれません。あなたが最強に大きく近づける、強力なアイテムを足元に転がしておくことにします」
「お、いいね天使ちゃん。キミ分かってる口と見た」
「ふふふ、人間の願いを叶えることなど、有能な天使であるこのパスタ
「すごい名前だな……」
「わたしを褒め称えるセンスの良さを持つトミヒコには、特別に〈色欲の魔剣〉を授けましょう。世界に7本しかない〈大罪の魔剣〉の一振りですよ、超チートアイテムです」
全然褒めたつもりはなかったが、都合がいいのでこのままにするとしよう。
「……どんな性能を持つアイテムなんだ?」
「あなたがエッチした美少女や美女の能力をコピーして保存できます。そして、常時その中から3名まで選んで、コピーした能力をあなたに合算できます」
「3名の合算……つまり……」
「強い美少女とエッチすればするほど強くなる……ヤればヤるほど強くなるって事ですよ」
「おお……! 熱い!」
「ついでに、〈色欲の魔剣〉は魅力への補正が大きくかかります。あなた、前世では童貞でしたが、異世界ではモテますよ」
「うおお! あちち、熱すぎる! 最高じゃねぇか!」
「異世界生活に希望を持っていただけたところで、あなたを異世界に転生させる準備が整ったようです」
「お、もう終わったのか。最後に紅茶飲んでこ……美味っ! なにこの紅茶!」
「天使が淹れた紅茶ですからね。特別製です。では、トミヒコよ。異世界生活を精一杯面白く生きてくださいね? 神々もそれを望んでいます」
「精一杯、面白く、か……いいんじゃねぇのっ!」
「最後に何か聞きたい事はありますか?」
「パスタ72ちゃんとエッチしたいです」
「異世界の身体でわたしと会いに来ることが出来たら、考えてもいいですよ」
「うおお、マジか!」
異世界での最優先目標の一つだな、これは。この子冷静にあまりにも美少女過ぎる。でも天使と会うってどれくらい大変なんだろう……てか天使ってなんだ? 俺はこの世界のことほとんど知らないんだよな……未プレイだから。
「それでは、あなたの人生に、幸あれ」
ぴかぴかぴかーっと白い光が強くなり、俺の全身を包み込み、またしても俺の身体は意識を失っていく。
俺は、「来世こそ、童貞を捨ててやるぞ!」 と燃えるような決意を固めながら、異世界への転生を楽しみにするのだった。
……マジで捨てるからな! フリじゃないからな!