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第68話 雪下燃ゆ(2)

第68話 雪下燃ゆ(2)





 音が、聞こえてくる。


 打ち付ける波の音。

 船体が軋む音。


 そして、人間の音。




――なんで。なんで、なんで。


――死にたくない。


――助けて。




 怯える声、混乱する声。

 ただ、泣き続ける声。


 そんな群衆の中で、シリカは縮こまっていた。


 涙は流さない。彼女は魔法少女であり、戦えるだけの力を持っているから。

 だがしかし、ここに居る。魔法少女なのに、一般人に紛れている。


 ほんとうなら、もっと。血にまみれて、傷だらけになって。

 命をかけてでも、ここに居る人たちを守らなければならないのに。




 自分は、何者なのか。

 そう、自問し続けるシリカであったが。


 声が、聞こえてくる。




「ここに、居ましたか」




 知っている声。

 顔を上げると、そこにはミコトの姿があった。



 最後の記憶と同じく、血に塗れた服装で。

 彼女自身も怪我をしているのか、腕には包帯が巻かれていた。



 そんな彼女と、相対して。シリカは言葉が出ない。

 自分は怪我1つせず、ここに紛れて、縮こまって。

 魔法少女なのに、何もせずに怯えていて。


 けれども。

 そんなシリカに対して、ミコトは手を差し伸べた。




「どうか、手を貸していただけますか?」


「……ごめん、なさい」




 変わらない彼女の声に、涙が溢れてくる。

 こんな自分にも、手を差し伸べてくれる。




「戦わなきゃ、いけなかったのに」




 そう懺悔するも、ミコトは変わらず微笑んだまま。

 ただ、手を差し伸べる。




「わたしはあなたに命令しました。人々と一緒に、逃げなさいと。あなたは、それを守ったのでしょう?」




 これは、ただそれだけの話。

 だから、何一つとして恥じることはない。涙を流すことはない。


 それが、ミコトの考えであった。




「これからのために、あなたの力が必要です」


「……」




 こんな自分に、一体何が出来るのだろうか。

 ほんの少し、躊躇して。


 シリカは、彼女の手を取った。















 日本海。

 大海原を、何隻もの船が航海する。


 それは、生き延びた者たちの船。

 北海道を脱出した、数少ない生存者たち。



 先頭を往くのは、一際目立つ巨大な戦艦。

 その艦橋部分に、魔法少女たちは集まっていた。




「生き残ったのは、これで全員か?」




 シリカを含めた、魔法少女たちを見て、軍人らしき男性がつぶやく。




「そう、ですわね。少なくとも、この船団に合流できた魔法少女は、わたくしを含めて10人です」


「そうか」




 ミコトの言葉に、軍人の男、クロキは残念そうに声を漏らす。




「クロキ少佐。そちらも、かなり混乱が生じているようですね」


「ああ。まさかこんなことになるとは。魔法少女だけでなく、軍人の数も足りてない。この船に乗っているのも、半数以上が民間人だ」




 かつて、魔獣との大戦時に使われていた、超弩級戦艦。

 この時代においては、すでに現役を退いており、まともな武装すら積んでいない。


 けれども、幸運なことに、人を乗せて動かすことには成功した。




「大和型、16号艦。まさか、もう一度戦場に出るとは、この船も思ってなかっただろう」




 大戦を生き延びた戦艦と、僅かな軍人、数えられる程度の魔法少女。

 たった一夜、その中でも出来る限りの抵抗をした結果、彼らは北海道を旅立った。











 船の艦橋にて、クロキ少佐を始めとする軍人たちと、魔法少女の代表であるミコトが地図を広げる。

 シリカを含めた魔法少女たちを、それを後ろから眺めていた。




「信じられんが。江戸城が燃え、将軍の安否も不明らしい」


「それは本当か?」


「現状、他と一切の連絡が取れない以上、進路は慎重に決めるべきだ」




 多大な犠牲を払って、彼らは北海道を離脱した。ならば次に決めるのは、どこへ向かうべきか。

 恒久的な電波障害によって、どことも連絡が繋がらず。どこが安全で、どこが危険なのかも分からない。


 大人たちが、真剣に議論を行い。

 そんな彼らの様子を、ただの魔法少女であるシリカは見つめることしか出来ない。


 すると、その視線に気づいたのか。

 ミコトが振り返ると、無言でほほ笑みを浮かべた。




「……江戸が襲撃されたという話。わたくしは信憑性が高いと感じます」




 話し合いの中、ミコトが意見を通す。




「延々と続く電波障害、予想を遥かに上回る敵の戦力。そして、どこからも援軍が来ないというこの状況。もしかしたら日本中。あるいは、世界中で同じような事が起きているのかも知れません」




 その大胆な予測に、軍人たちは動揺する。

 けれども、クロキ少佐だけは冷静に受け止めていた。




「君がそこまで言うとは、なにか根拠があるのか?」


「ええ。皆さん、魔獣たちの襲撃が起こる直前、空は見ましたか?」


「いいや。あいにく、就寝中でな」




 あの夜。全てが変わった瞬間。

 ミコトとシリカは深夜の除雪作業を行っていたため、偶然にもそれを目にした。




「魔獣たちは、流星のように空から降ってきたのです。それにあれは、とても数えることの出来ないほど、膨大な量でした。時差の関係上、英国は定かではありませんが。日本や中国、アジア連合の大半が、夜間に不意を突かれた形になります」


「札幌だけじゃなく、江戸を含めた各都市が、このような襲撃を受けたと?」


「はい。もしもそうなら、連絡が取れない、援軍がやって来ない理由にもなります」




 自分たちだけの問題ではない。日本全土、あるいは世界中で同様の出来事が起きている。

 もしもそうならば、すでに彼らの領分を超えている。




「幸い、わたくし達は港を確保し、なんとか生き延びることが出来ました。ですが、他の土地はどうでしょう」




 ミコト達は、揃って地図を見る。

 江戸を中心に、日本には練度の高い軍隊が配備されている。しかしながら、今回現れた敵、新種の魔獣とも呼べる存在は、これまでの常識を遥かに超えた力を有していた。

 強靱で、素早く、予測不能な動き。魔獣でいう即死点の場所すら不明瞭で、判明している情報が少なすぎる。そんな怪物が、大群として押し寄せたとなれば。天下の江戸といえど、無事では済まないだろう。




「敵の索敵範囲、光線の射程、跳躍可能距離。それらが不明な以上、不用意に本土へ近づくのは危険かと。しばらくは、この日本海の真ん中から動かず、極力戦闘は避けるべきです」


「そうなるか」


「ええ。なにぶん、こちらは民間人も多く、戦える力にも限りがありますから」




 1000人を超える、北海道からの避難民。それに対して、戦闘可能な魔法少女はわずか10人。この巨大戦艦も、弾薬が無ければただの大きな船である。かつての戦争のように、無敵の戦艦とは呼べない。




「わたくし達は、これより少し休憩を取った後、飛行可能なメンバーで本土の様子を見に行ってきます」


「色々とすまない」


「いいえ。これが、魔法少女の仕事ですので」




 たった一夜にして、全てが変わった。


 平和という言葉は、遥か彼方へ。

 人類は、戦争状態へと突入した。






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