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第70話 雪下燃ゆ(4)

第70話 雪下燃ゆ(4)





 ベッドから起き上がり、畳んであった服を着て。

 ミコトに連れられる形で、シリカは医務室を後にする。


 歩くのは、知らない場所。

 あの巨大戦艦とは違う。明らかにハイテクな施設に、シリカは戸惑いを隠せない。


 すると、そんな彼女を安心させるように、ミコトが声をかける。




「ここは、安全な場所です。わたくしが保証しますので、どうかご安心を」




 この人がそう言うのなら、間違いはないだろう。

 何も不安はないと、手を引かれるようにシリカは後をついていき。


 その機体、ホープの外へと足を運ぶ。





「……わぁ」



 目に飛び込む風景に、シリカは言葉を失った。





 そこにあったのは、緑。

 美しい自然。


 背の高い木々が、視界いっぱいに広がっており。

 感じたことのない、暖かい風が頬を撫でる。


 とても美味しい空気。

 あの過酷なシベリアの大地とは、全くもって異なっている。




「ここ、寒くない」




 思考が、追いつかない。

 北海道から逃げ延びた自分たちは、魔獣のいない土地を目指して、過酷なシベリアの土地を移動していた。


 北海道とは比べ物にならない、過酷で、剥き出しの自然。

 心が折れそうなほどに、冷たい空気。


 しかし、ここは違っていた。




「ここは、ハイダ島。北アメリカ大陸に付随する、小さな島ですわ」


「北、アメリカ?」


「はい。驚くのも無理はないでしょう。なにせ、シベリアから何千キロも離れた土地ですから」




 極寒のシベリアから、何千キロも離れた土地。

 シリカの知らない、北アメリカ大陸という名前。


 ほんの少し、眠っていただけなのに。変わりすぎた現実に、思考が追いつかない。




「今わたくし達が生きているのは、アンラベルの方々のおかげです。ひとまず、ご挨拶に行きましょうか」


「……はい」




 知らない土地、知らない名前。

 心を置き去りにする、暖かな世界。


 けれども、ミコトの声だけは変わらない。

 それだけで、シリカには十分であった。











「皆さん、ご苦労さまです」




 ミコトによって連れてこられたのは、開けた作業現場のような場所。

 まさに、開拓中といった様子であり。

 馴染みのある顔、北海道からの避難民たちの姿も存在する。


 それに加えて、知らない少女たちの姿も。




「あぁ!? その白い奴、ようやく起きたのかよ」




 金髪の少女。

 ティファニーが、まるで怒ったかのように声を荒げる。

 別に、怒ってはいないが。




「ちょっと、電気が乱れてマス。ドリルの身にもなってください」


「がぁ! うっせぇ!」




 ティファニーのそばには、レベッカの姿もあり。

 魔力によって構築されたドリルのような物を手に、絶賛工事中であった。


 開拓作業に勤しむのは、それだけではない。


 海水を真水に変える組と、木材を加工する組。

 アンラベルのメンバーたちは、それぞれの役割を全うしていた。




「彼女たちは、アンラベル。中国、北京に所属する魔法少女の部隊であり、広い意味では友軍と言える方々です」


「……」




 初めて会う魔法少女たち。

 その一人ひとりに、シリカは目を向ける。




「先ほど、あなたが眠っていた船は、ホープという輸送機です。あの夜、無線による助けに応じて、援軍に駆けつけてくださいました」




 その言葉に、シリカは思い出す。記憶に残る、最後の光景を。

 車両を強化していた魔法が途切れ、自分は他の人に背負われて。


 ミコトの魔法が、儚くも消えていく。

 そこで、意識は途切れた。




 だがしかし、もう一つ理解できないことがある。

 なぜ、こんな北アメリカ大陸という場所にいるのか。




「……シベリアの環境は、人類にはとても厳しいものです。わたくし達、魔法少女だけなら、生き残れるのかも知れませんが。多くの生存者を生かすために、皆さん揃って、この地への移住を手助けしてくれたのです」




 人のいない土地、魔獣のいない土地を目指して、彼女たちは極寒のシベリアを旅してきた。逃げるように、足掻くように。

 けれども、真っ当な生活を送ると考えると、やはりシベリアは過酷すぎた。


 暖かくて、豊かな土地が必要であると。




「とはいえ、皆さん今はお忙しいので。とりあえずは、クロバラさんに会いに行きましょうか」


「クロバラ?」


「ええ。彼女たちをまとめ上げる、アンラベルの隊長ですわ」











 生い茂る木々。

 その中でも、最も背の高い木の枝に、クロバラは座っていた。


 決して、遊んでいるわけではない。左目の奥、秘められた魔獣の力を使って。この周囲に、この島に魔獣が近づいていないか、気配を探っていた。

 これだけは、他の魔法少女には出来ない役割である。


 1人、黙々と見張りを続けるクロバラであったが。

 背後の気配を察知して、ゆっくりと振り向いた。




「元気そうで、何よりだ」




 ミコトと。その後ろには、シリカの姿が。

 ずっと医務室で眠っていたため、会って話すのはこれが最初である。


 そばへと近寄って、軽く挨拶を交わす。




「シリカさん、こちらの方がクロバラさんです。見た目はとても、小さく可愛らしいですが。頼りになる隊長さんですわ」


「一言二言、余計じゃないか?」


「ふふっ」




 シリカが眠っている間に、それなりに人となりを知り合ったのか。

 ミコトは、軽口を叩く。


 そんな中、




「えっと、あの!」



 シリカは、声を上げた。




「助けてくれて、ありがと、ございます」




 深く、綺麗にお辞儀をする。

 そんなシリカに対して、クロバラは微笑んだ。




「……みんなを救ったのは、お前だよ」


「えっ」




 意味が、分からない。

 自分が救ったとは、どういうことなのか。


 シリカには、身に覚えがなかった。




「お前が最後まで諦めず、助けが来ると信じて、通信機を握ったんだろ? それが、わたし達に届いただけだ」




 消え入りそうな、小さな声。弱い信号。

 しかし、その言葉があったからこそ、ホープは動き出した。




――誰か、誰か。聞こえますか?




 無意識にも、シリカは叫び、願った。

 クロバラ達は、それに応えたに過ぎない。




「シリカさん。わたくし達がこうして、今を生きていられるのは、あなたのおかげです」




 間違いでは、無かった。

 何一つとして、無駄ではなかった。


 どれだけ寒くて、どれだけ過酷だったとしても。

 諦めなかったからこそ、今がある。






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