第71話 誰が為に
北アメリカ大陸。その西部に存在する島、ハイダ島。
ほぼ手つかずの自然が残る島であり、森林だけでなく、野生動物も多く生息している。
豊かな生態系。
まさしく、生きるのに理想の土地である。
クロバラ、アンラベルがこの場所へ移動した理由は、いくつか存在した。
まず第一に、シベリアが一般人には厳しすぎるため。
魔法少女だけなら、何とかサバイバル生活を続けることは可能であったが。日本からやってきた生存者、普通の人間が20人以上加われば、流石に同じ生活とは言えなかった。
ミコト達は当初、月の目を逃れるために、安全な場所で地下に穴を掘り、そこで生活をする予定だったらしい。しかし、それもシベリアでは難しい話である。シベリアの大地は永久凍土。地下であっても温度は低く、ほとんど冷蔵庫で暮らすようなものである。
あのまま進み続けて、仮に魔獣の追跡を振り切ったとしても、彼女たちの未来は相当厳しかっただろう。
次の理由として、安全な土地が限られているから。
ガラテアの計算した、魔獣の予想降下地点から考えて、シベリアのような安全地帯はそう多くはない。
なぜなら、暮らしやすい土地には、人間が存在しているから。そして人間が存在すれば、必然的に魔獣の降下地点となる。
大英帝国と、アジア連合。その都市部に近ければ、魔獣との遭遇確率も高くなる。
人類が活動するのに適した環境で。なおかつ、魔獣と遭遇する可能性が低い。
その結果として選ばれたのが、北アメリカに存在する小さな島であった。
(北米大陸。まさか、生きてこの地に立つ日が来るとはな)
クロバラは、感慨深く思う。
人類にとって、北アメリカは特別な大陸である。
歴史上、魔獣が最初に確認された土地。
そして、人類が最初に失った土地でもある。
魔獣が根を下ろし、歴戦の魔法少女でも容易に近づけない。
アジアが人類最後の砦なら、北米はその真逆とも言える場所であった。
だがしかし、ラグナロクによって旧世代の魔獣は絶滅。
その結果、北米に残ったのは、数百年手つかずの大自然。
人類の手放した土地、未開拓領域。そういった意味では、シベリアと同じである。
しかし、自然の厳しさはまるで違う。
涼しい風が、鼻先をくすぐる。
クロバラが1人、島の周囲を警戒していると。
「ご苦労さまです」
「あぁ」
来訪者がやって来る。
新しく仲間となった、日本の魔法少女。
美しい黒髪が特徴的な大和撫子、ミコトである。
とても柔和な雰囲気の持ち主だが。その実、日本を脱出し、厳しいシベリアの環境下を旅してきた、正真正銘の猛者であった。
ミコトはそのまま、クロバラの隣へと座る。
「なにか、お変わりはありませんか?」
「そうだな。流石に、大陸全土まで把握するのは不可能だが。幸いにも、わたしの索敵範囲内に敵の姿はない」
「そうですか。それは何より」
この場所は、シベリアとは違う。
豊かな土地であるがゆえに、この10年で人類が入植を再開した場所でもある。
魔獣と遭遇する確率もその分高くなっている。
ホープが存在する以上、最悪の場合、また別の土地へ逃げることも出来る。だがしかし、それは最後の手段としておきたい。
理想としては、このまま魔獣と出くわさずに。このハイダ島に、安定した居住地を築きたいと考えていた。
少なくとも、日本の生存者たちのためにも、この土地は守りたい。
助けたからには、その生命を守る義務がある。
今や、アンラベルの仲間だけでなく、生存者たちの命すらも。
クロバラはその責任感ゆえに、必然的に多くを背負っていた。
その心の内を知ってか。
ミコトは、提案をする。
「よろしければ、少し息抜きでもしませんか? 下で今、皆さん集まって、ちょっとした遊びをしているのですが」
「うん?」
そう言われて、クロバラは下の様子を見る。
ミコトの言葉通り、何やら魔法少女たちが集まって、なにかに熱狂しているようだった。
見たところ、拾った石を使って、魔力を操作しているように思える。
「あれは、わたくしが考案したキラキラ錬成という遊びですわ」
「……キラキラ、錬成?」
全くもって、聞き覚えのない単語に、思わずクロバラは聞き返す。
彼女は生前、軍人として多くの魔法少女たちを訓練してきた過去を持つ。ゆえに、ある程度は魔法少女というものを理解しているつもりであった。
しかしそれは、あくまでも軍人としての話。
「ふふっ。ちょっと違法な遊びなので、表立ってやることはなかったのですが。まぁ、このご時世ですので」
ミコトは、楽しそうに遊びの説明をする。
「魔力というものは、無限の可能性持つと、わたくしは考えています。それを戦いだけに使うのは、少々もったいないと思いませんか?」
「まぁ、それは一理あるが」
「簡単に説明すると、あれは石を宝石に変える遊びです」
「……は?」
「わたくしの友人に、少々お金好きの方がいまして。それに着想を得たのが、あのキラキラ錬成です」
「いや」
「石とは何か、宝石とは何か。構造を正確に理解し、物質としての在り方にメスを入れる。上手く行けば、鑑定に出しても問題ないレベルの宝石が造れますわ」
「……そうか」
戦いだけではない。魔法少女が、その力を別の目的に使うのは、クロバラとしても悪くないのだが。
ミコトのギャップに、少々驚く。
「日本の魔法少女は、力の使い方が面白いな」
「そうでしょうか。そもそも魔法とは、戦うための力ですか?」
単純な言葉。
しかしそれが、クロバラの心に突き刺さる。
「戦闘において、優れた能力を発揮するのは確かです。苦労して製造した兵器より、遥かに強力なのも確かです。わたくしたち魔法少女の存在がなければ、人類は魔獣に滅ぼされていたでしょうが、それはあくまで結果論」
ミコトは手をかざし、そこに魔力が凝縮。
美しい蝶へと姿を変えて、空へと飛んでいった。
「一番大切なことを、忘れてはいけません」
「大切なこと?」
「ええ。――わたくしたち魔法少女も、人間だということです」
人類の希望。
魔獣と戦える唯一の存在。
それが、魔法少女。
それが、この世界の理。
クロバラは思い出した。
自分が、こうなる前。何のために、戦っていたのかを。
――この子の世代が、戦わなくて済むように。
記憶が、意思が、脳裏にちらつき。
クロバラは拳を握りしめる。
今、魔獣が再来したのは、10年前のラグナロクで仕留めきれなかったから。
つまりは、自分たちのせいである。
「クロバラ、さん?」
「あぁ、大丈夫だ」
自分は、他の魔法少女とは違う。
何のために、生き返ったのか。
「わたしに、遊びは結構だ。他にやるべきことがある」
あの少女たちに、混ざることは出来ない。
根本からして、違う存在なのだから。